著者
船木 靖郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.9, pp.602-610, 2022-09-05 (Released:2022-09-05)
参考文献数
46

有限個の核子(陽子と中性子)が強く自己束縛した系である原子核は,核子が空間的に十分詰まった密度の飽和性を示す一方で,核子間2体力が良い近似で平均場に繰り込まれることも知られている.フェルミ粒子である核子が次々にエネルギー軌道を占有した殻模型構造は,この平均場構造の代表例であり,基底状態に代表される飽和密度領域での原子核構造の基本的性質として理解されてきた.そのような通常の飽和密度領域から離れ,より低密度領域で起こる主要な現象の一つが,クラスター化である.核子の媒質中で複数の核子集団が束縛状態を作りサブユニットとして析出する現象である.このようなクラスター化現象は,原子核,無限個の核子からなる核物質系を問わず,核子多体系一般に低密度領域で普遍的に存在することが知られている.そのようなサブユニットとしての安定な最小単位はα粒子(ヘリウム原子核4He)である.α粒子はボーズ統計に従うことから,核物質系でのαクラスター化は同時にボーズ–アインシュタイン凝縮という観点からも注目を浴びることになった.原子核でのαクラスター構造は,古くは1930年代から調べられてきたが,2000年代になり核物質系での研究に触発される形で,αクラスターのボーズ凝縮という観点から研究されるようになった.その結果特に,有名なホイル状態や16O核の4α分解しきい値近傍の励起状態で,核子すべてがαクラスターとして分解し,かつそれらがすべてガスのように互いの相関無く自由に運動し,同一の最低エネルギー軌道を占有するというα凝縮状態が実現されていることが分かってきた.一方で,このようなα凝縮状態は,原子核中に出現する数多くのクラスター構造状態の中では特別な状態であると考えられた.クラスターが空間局在し,その平衡点周りにゼロ点振動しているようなもの,というのが他の大多数のクラスター構造状態に対する基本的理解であった.この典型例は,20Neの16O+αクラスター構造状態,α直線鎖状態等であり,20Neの16O+αクラスター状態では,対応する正負パリティの回転帯スペクトルが観測されており,それらを正しく再現するためには,まさにクラスターの空間的局在化が必須条件であった.それにもかかわらず2010年代に入り,α凝縮状態のようなクラスターのガス的構造に立脚した,非局在型クラスター模型波動関数が,16O+αクラスター構造を完璧に記述することが示されたのである.串刺し団子のような形態と考えられてきたα直線鎖状態に対しても同様であった.これは一次元上でのガス的α凝縮という新奇な構造を示すものである.これらの事実が明らかになるにつれ,α凝縮構造からその他多数のクラスター構造を統一的に記述するための重要なパラメータの存在が浮かび上がってきた.核子の殻模型構造を持った基底状態に対し,そこに埋め込まれたクラスタ―間の相対自由度が励起され,新たにクラスターによる平均場が形成される.このクラスターポテンシャルは,あたかも構成クラスターを内包する「器」のように解釈でき,その「器」の形状こそが重要なパラメータであることが分かってきた.そして基底状態から出発し,α凝縮状態へと至るクラスター構造形成発展の道筋は,この「器」の膨張発展として記述できる可能性が示唆されている.