著者
松浦 由生子 浦辺 幸夫 前田 慶明 藤井 絵里 芝 俊紀 國田 泰弘 河野 愛史
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100356, 2013

【はじめに、目的】 ストリームライン姿勢(streamline;SL)とは、競泳競技においてスタートやターン後に水の抵抗をできるだけ軽減するために水中で水平に近い状態をとる姿勢で、泳速度に重要な影響を及ぼしている。さらに、SL時の過度な腰椎前彎が腰部障害の原因になると報告されており(松本、1992)、腰椎の前彎が小さいSLをとることは競技力向上だけでなく、障害予防の面においても重要であると考えられる。現場では立位でSLを評価することが多く、先行研究においても、立位と水中SLの腰椎前彎角(以下、腰椎角)の関係は示されているが、水中姿勢と類似した陸上での腹臥位SLと水中SLとの関係を示した研究はない。本研究では、合屋ら(2008)の報告を参考に、水中SLの評価指標となるけのび到達距離(以下、けのび距離)を用い、立位、腹臥位SL時の腰椎角がけのび距離に及ぼす影響を明確にすることを目的とした。仮説は、けのび距離が長い選手は、立位SLおよび腹臥位SLで腰椎角が小さいとした。【方法】 対象は現在腰部に整形外科疾患のない3年以上の水泳経験者27名(男性15名:21.1±1.7歳、女性12名:20.5±1.0歳)とした。脊柱計測分析器Spinal Mouse(Index社)を用いて安静立位、立位SL、安静腹臥位、腹臥位SLの計4姿勢における矢状面の脊柱アライメントを3回ずつ測定し、平均値を求めた。Th12~S1の椎体角度の総和を腰椎角とした。水中SLの評価として、壁を蹴りSLを保持し続けるけのび距離を用いた。けのび距離は、プールの壁からけのび動作で止まった時点の頭頂の位置とし、3回測定し平均値を求め、結果から身長を引くことで統一した。統計学的解析には、SPSS Ver.20.0 for Windows(IBM社)を用い、立位SL、腹臥位SLでの腰椎角とけのび距離との相関をPearsonの相関係数により男女別に分析した。また、けのび距離が全対象の平均値よりも長いL群(男性6名、女性6名)と短いS群(男性9名、女性6名)に分け、各群で男女別に安静とSLの比較を対応のあるt検定を用いて行った。さらに、4姿勢でのL群とS群の比較を対応のないt検定を用いて行った。危険率5%未満を有意とした。【倫理的配慮、説明と同意】 全対象に本研究の趣旨を十分に説明し、書面にて同意を得た。なお、本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号1232)。【結果】 けのび距離は男性で8.8±2.0m、女性で9.7±1.5mであった。腰椎角とけのび距離との間には、腹臥位SLで男女ともに有意な負の相関を認めた(男性r=-0.69、p<0.01、女性r=-0.82、p<0.01)。立位SLでは女性のみ有意な負の相関を認めた(r=-0.61、 p<0.05)。けのび距離で2群に分けた結果、L群のけのび距離は男性で11.0±1.2m、女性で10.8±0.7mとなり、S群は男性で7.6m±1.0m、女性で8.2±0.6mとなった。腹臥位での腰椎角は安静、SLの順に男性L群が20.2±10.0°、19.5±9.3°、S群23.9±7.0°、29.9±4.2°、女性L群が29.8±7.8°、33.0±8.0°、S群38.5±7.6°、44.5±5.4°となり、男女ともS群のみSL時に有意な増加を認めた(男性<0.05、女性<0.01)。また、腹臥位SL時の腰椎角はL群がS群と比較し有意に小さかった(男性p<0.05、女性p<0.01)。立位では群内、群間ともに有意差を認めなかった。【考察】 本研究より陸上でのSLの腰椎角がけのび距離に影響を及ぼし、特に腹臥位SLで腰椎角が小さい選手は、けのび距離が延長する傾向にあることが示唆された。腹臥位は水中SLと脊柱に加わる重力方向が等しく、立位と比較し、より水中での姿勢が反映されやすかったと考えられる。先行研究では、一流選手ほど立位、水中SLともに腰椎前彎が小さく、水中でも陸上と同等の角度を保つことができる一方で、一般の選手は立位と比較し水中SLで腰椎角が増強すると報告されている(金岡ら、2007)。本研究においてもけのび距離が延長した選手は腹臥位SL時の腰椎角が小さく、水中でも小さな腰椎角を保つことで、抵抗の少ないSL保持が可能であったと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 本研究では、特に腹臥位SLの腰椎角がけのび距離に影響を及ぼすという新しい知見が得られた。これまでの研究や現場の評価では立位SLが水中SLの指標となることが多かったが、本研究から腹臥位でSL評価を行うことの意義が示された。また、SL時の過度な腰椎前彎が腰部障害の原因とされることから、SL時に小さな腰椎角を保持できることは、競技力向上のみならず、障害予防にもつながると考える。