著者
花野 裕康
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.69-85, 2001-06-30 (Released:2010-04-23)
参考文献数
41

精神疾患の具体的認知過程は様々だが, 精神疾患認知の初期判断項目として行為者の社会的表徴が評価されるという点は, 具体的状況によらず共通である.精神医学は, この表徴から遡行して精神疾患の病因を特定しようとするが, そのような逆向きの実在論にはある種の逆理が不可避である.また行為の社会的表徴それ自体に精神疾患の根拠を求める物語論や構成主義的方法も同様に実在論としての逆理を孕んでいる.本稿では, 郡司ペギオ幸夫らが提唱する内部観測論を援用しつつ, 非実在論としての精神疾患論を展開する.内部観測論は, 観測者と観測対象との未分離性を前提としつつ, 局所の行為としての観測 (特定の言語ゲーム) を契機に普遍的な観測 (普遍的言語ゲーム) を感得させるための, 観測の存在論である.内部観測論的に言えば, ある社会的表徴を精神疾患のメルクマールとして評価しうるのは, 特定の言語ゲーム内における実行性に関してのみである.しかし精神疾患の実在論は, この特定の言語ゲームを普遍的言語ゲームと混同することで, 認知過程の「根拠化」を図ろうとする.かかる説明図式を脱構築しつつ, 精神疾患の内部観測論的モデルを提示することが本稿の目的である.