- 著者
-
荒川 泰昭
- 出版者
- 日本毒性学会
- 雑誌
- 日本トキシコロジー学会学術年会 第35回日本トキシコロジー学会学術年会
- 巻号頁・発行日
- pp.21, 2008 (Released:2008-06-25)
ヒトでは、胸腺Thymusは免疫系器官のうちで最も早期にリンパ球の現われる器官であり、以後胎生期を通じて最も活発にリンパ球造成を継続する。胸腺の絶対重量でみるとヒトでは思春期直前に最大値となるが、体重あたりの相対臓器重量でみると出生直後が最大で、以後減少を続ける。ヒトの胸腺は胎齢16週で形態学的に完成しており、げっ歯類を除く哺乳類でも胎齢中期以降に完成する。げっ歯類を除く哺乳類では、ヒトも含めて、免疫系は出生時までに十分成熟しており、出生時には胸腺に対する依存度も比較的小さくなっている。しかし、げっ歯類の胸腺は形態学的には出生時まで未完成であり、その発育は新生児期までには完了するが、末梢性Tリンパ球集団(末梢性リンパ性器官の胸腺依存性領域)の形成は未だほとんど行われていない。したがって、この時期に胸腺を摘出すると、この末梢性Tリンパ球集団の出現が阻止されることになる。すなわち、成体の胸腺を摘出した場合には末梢性のリンパ球集団にも免疫応答能力にも影響は少ないが、新生児期に胸腺を摘出すると、リンパ球減少症、寿命の長い再循環性リンパ球の顕著な減少、細胞性免疫応答の欠落、Tリンパ球関与の体液性免疫応答の著明な低下などが起こる。
一方、胸腺は加齢と共に生理的に退縮し、リンパ球の産生は低下し、皮質は菲薄となり、実質は縮小し、その大部分が脂肪組織で置き換えられる。この加齢退縮age involutionは一般には思春期から始まると考えられているが、胸腺実質全体に対する皮質の占める割合の減少を、胸腺の機能的活性の低下を示す指標と見なすと、ヒトの加齢退縮は実際には小児期の初期にすでに始まっていることになる。
以上の観点から、本講では、飼育可能な乳離れしたばかりの幼若ラットを用いて、化学的な胸腺萎縮Thymus Atrophy(化学的胸腺摘出Chemical Thymectomy状態)を中心に、その病的老化の誘導メカニズムを考察する。