著者
寺尾 惠治
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第35回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.18, 2008 (Released:2008-06-25)
被引用文献数
3

免疫系はそれぞれ機能の異なる複数の細胞集団により構成され、それぞれの細胞集団の密接な相互作用により複雑な免疫反応が発現する。これらの免疫担当細胞はいずれも骨髄の造血幹細胞から分化し末梢で成熟するが、末梢での分化成熟の程度は免疫系の発達と暴露される抗原の質および量に左右される。新生児は免疫学的には未熟な状態で生を受け、誕生直後から膨大な抗原に暴露されることになる。免疫系の初期発達の過程は、暴露された抗原に対する免疫応答の結果を反映したものであり、それぞれの抗原に対応する細胞クローンの活性化、増殖、消滅、記憶細胞の蓄積というダイナミックなサイクルが増幅される過程ととらえることができる。下記に要約するマカク属サルでの免疫系の初期発達に関わる調査結果は、いずれも成長に伴う免疫系の活性化を示唆している。 1)B細胞、ヘルパーT細胞、細胞障害性T細胞、ナチュラルキラー細胞の末梢主要リンパ球サブセットは、いずれも出生直後には未熟(naive)な表現型を示す細胞が大半を占めるが、発達過程で表現型はダイナミックに変化し、活性化マーカーを発現している細胞(activate)が急激に増加してゆく。 2)T細胞レセプターからみたT細胞クローンのレパトリー(T細胞クローン数)は成長に伴い増加する。 3)リンパ球の分裂回数を反映するテロメア長は成長に伴って短縮してゆく。 4)免疫グロブリン(IgG, IgA, IgM)量および自然抗体価はいずれも成長に伴い増加し、性成熟前後で成体レベルに達する。 以上の結果を総合すると、マカクザルで免疫系の発達が完了する時期はサブセットおよび機能により若干異なるが、3歳から5歳前後、すなわち、ヒトと同様に性成熟に達する前後でその成熟が完了すると判断され、小さな大人ザルにはみられないダイナミックな変化がそれを支える。
著者
今井 則夫 難波江 恭子 河部 真弓 安藤 好佑 戸田 庸介 玉野 静光 野島 俊雄 白井 智之
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第35回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.123, 2008 (Released:2008-06-25)

【目的】携帯電話の利用者数は年々増加しており、精巣も携帯電話の長時間使用によって電磁波にばく露される対象臓器であり、精巣毒性が懸念される。そこで、携帯電話で用いられている1.95GHz電磁波の精巣毒性の有無について、ラットを用いて検討した。【方法】ばく露箱内の照射用ケージにSD系雄ラットを入れ、ばく露箱内上部に直交させたダイポールアンテナで、周波数1.95GHz、W-CDMA方式の電磁波を全身に照射した。電磁波ばく露は、性成熟過程である5週齢から10週齢に至る5週間、1日5時間行った。照射レベルは全身平均SAR(Specific absorption rate)が0 W/kg(対照群)、0.08 W/kg(低ばく露群)および0.4 W/kg(高ばく露群)の3段階を設定した。なお、実験は各群24匹を2回(1回に各群12匹)に分けて行った。ばく露終了後、剖検を実施して全身の諸器官・組織の肉眼的病理学検査を実施し、雄性生殖器の器官重量の測定を行うとともに、精子検査(精子の運動率、精巣および精巣上体の精子の数、精子の形態異常率)を行った。また、雄性生殖器の組織について病理組織学的に評価するとともに、精巣のステージング(精子形成サイクルの検査)についても評価した。【結果】ばく露期間中に死亡例はみられず、一般状態においても著変は認められなかった。体重、摂餌量、雄性生殖器系器官・組織の重量、精子の運動率、精巣上体の精子数、精子の形態異常率、精巣のステージ分析において、ばく露群と対照群との間に有意な差は認められなかった。また、肉眼的病理学検査および病理組織学的検査においても電磁波ばく露に起因すると思われる変化は認められなかった。【結論】5週齢のSD系雄ラットに1.95GHz電磁波を5週間全身ばく露した結果、電磁波ばく露の影響と考えられる変化がみられなかったことから、電磁波ばく露による精巣毒性はないと判断した。(この研究は社団法人電波産業会(ARIB)の支援によって実施した)
著者
荒川 泰昭
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第35回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.21, 2008 (Released:2008-06-25)

ヒトでは、胸腺Thymusは免疫系器官のうちで最も早期にリンパ球の現われる器官であり、以後胎生期を通じて最も活発にリンパ球造成を継続する。胸腺の絶対重量でみるとヒトでは思春期直前に最大値となるが、体重あたりの相対臓器重量でみると出生直後が最大で、以後減少を続ける。ヒトの胸腺は胎齢16週で形態学的に完成しており、げっ歯類を除く哺乳類でも胎齢中期以降に完成する。げっ歯類を除く哺乳類では、ヒトも含めて、免疫系は出生時までに十分成熟しており、出生時には胸腺に対する依存度も比較的小さくなっている。しかし、げっ歯類の胸腺は形態学的には出生時まで未完成であり、その発育は新生児期までには完了するが、末梢性Tリンパ球集団(末梢性リンパ性器官の胸腺依存性領域)の形成は未だほとんど行われていない。したがって、この時期に胸腺を摘出すると、この末梢性Tリンパ球集団の出現が阻止されることになる。すなわち、成体の胸腺を摘出した場合には末梢性のリンパ球集団にも免疫応答能力にも影響は少ないが、新生児期に胸腺を摘出すると、リンパ球減少症、寿命の長い再循環性リンパ球の顕著な減少、細胞性免疫応答の欠落、Tリンパ球関与の体液性免疫応答の著明な低下などが起こる。 一方、胸腺は加齢と共に生理的に退縮し、リンパ球の産生は低下し、皮質は菲薄となり、実質は縮小し、その大部分が脂肪組織で置き換えられる。この加齢退縮age involutionは一般には思春期から始まると考えられているが、胸腺実質全体に対する皮質の占める割合の減少を、胸腺の機能的活性の低下を示す指標と見なすと、ヒトの加齢退縮は実際には小児期の初期にすでに始まっていることになる。 以上の観点から、本講では、飼育可能な乳離れしたばかりの幼若ラットを用いて、化学的な胸腺萎縮Thymus Atrophy(化学的胸腺摘出Chemical Thymectomy状態)を中心に、その病的老化の誘導メカニズムを考察する。
著者
あべ松 昌彦 Hsieh Jenny Gage Fred H. 河野 憲二 中島 欽一
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第35回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.41, 2008 (Released:2008-06-25)

遺伝子発現はクロマチンを構成するヒストンのアセチル化や脱アセチル化によってそれぞれ正、負に精妙に制御されている。我々はヒストン脱アセチル化酵素阻害剤により神経幹細胞内のヒストンアセチル化状態を亢進させ、それが分化に及ぼす影響を検討した。実験には長らく抗癲癇薬として利用され最近ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤としての活性が明らかにされたバルプロ酸を使用した。その結果、バルプロ酸による神経幹細胞の劇的なニューロン分化促進が観察された。さらに神経幹細胞の分化をグリア細胞(アストロサイト及びオリゴデンドロサイト)へと向かわせる培養条件下においてもバルプロ酸はグリア細胞分化を阻害しつつニューロン分化を促進できることが分かった。ところで、損傷脊髄などでは神経幹細胞からアストロサイトへの分化を誘導するIL-6を含めた炎症性サイトカインの高発現が誘導される。そのため内在性及び移植神経幹細胞のほとんどがアストロサイトへと分化してしまい、結果としてグリア性瘢痕を形成することで、ニューロン新生や軸索伸長が妨げられてしまうという問題点が明らかとなっている。そこで我々は「アストロサイト分化を抑制し、ニューロン分化を促進できる」というバルプロ酸の作用に着目した。そこで、脊髄損傷モデルマウスにバルプロ酸処理した神経幹細胞を移植したところ、通常はほとんど見られないニューロンへの分化が観察され、また非移植対照に比して顕著な下枝機能回復が見られた。以上の結果は、抗てんかん薬バルプロ酸の新たな用途として、損傷神経機能回復へと応用できる可能性を示唆している。
著者
横井 毅
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本トキシコロジー学会学術年会 第35回日本トキシコロジー学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.16, 2008 (Released:2008-06-25)

小児期は生体機能が年齢とともに大きく変化するため、各年齢における薬物動態の特徴に基づいた薬物療法が必要である。経口薬の消化管吸収については、新生児の胃液のpHが高いことや、生後数ヶ月から半年は胃内容排泄時間が長いため、脂溶性の薬物を除いて一般に吸収が悪い傾向にある。腸管吸収率も新生児では低い。薬の体内分布については、血清蛋白量が低いため、蛋白結合率が低いが、生後1~3年で成人レベルになる。代謝活性は生後速やかに発達し、一般に2~3年で成人レベルになるが、例外も多く知られている。CYP3A7の活性は生後直後に活性が高いために、基質となる薬のクリアランスに大きく影響する。抱合酵素活性については、硫酸抱合の発達は速く、グルクロン酸抱合の発達は遅い。グルクロン酸転移酵素(UGT)分子種でも、UGT1A1やUGT2B7は生後3ヶ月程度で成人のレベルになるが、UGT1A6、UGT1A9やUGT2B7は数年から10年かかる。小児の酵素誘導能についての確かな報告はないが、CYPおよびUGTのいずれも成人よりも酵素誘導を受けやすいことが示唆されている。肝代謝については、小児は体重当たりの肝重量が大きく、肝重量当たりの肝血流量が大きいことの影響を十分に考慮する必要がある。薬の腎排泄能は新生児で未発達であり、生後2, 3ヶ月までは成人の半分以下であるため、有効量と中毒量の幅が狭いことに注意する必要があるが、生後1年程度で成人レベルになる。糸球体ろ過量は新生児では低いが、その後急速に高くなり、1年で成人の2倍になりその後減少する。以上、乳児、幼児や小児における薬物動態は個々の薬によって発達との関係が異なっているために、一様に論ずることはできない。個々の薬において薬物動態のデータに注意をした適切な薬物療法が安全性の確保には必要である。