著者
荒木 希和子 福井 眞 杉原 洋行
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.169-180, 2017 (Released:2017-08-03)
参考文献数
54
被引用文献数
2

質を示すのは良性腫瘍である。また、悪性腫瘍(ガン)は、自らゲノムを改変したサブクローンを作り、そのニッチ幅もしくは環境収容力を広げることによって、周辺組織や他臓器に適応し、浸潤・転移する。これは細菌以外の生物個体レベルでは知られていない特異的な進化メカニズムである。マクロな生物の成育環境と同様、ガン細胞も変動環境下に存在し、治療や免疫は生体内での細胞に対する攪乱と捉えられる。そして、腫瘍細胞に突然変異等の遺伝的変化が蓄積するに伴い、ゲノム構成もサブクローン間で異なってくる。この遺伝的変化の時間的進行は、クローン性進化の分岐構造として、系統樹のような分岐図として示すことができる。組織内でのガン細胞の空間的遺伝構造は、組織内や成育地内で環境の不均一性とサブクローンの限られた分散距離を反映し、サブクローンがパッチ状に分布した構造になっている。このように、細胞レベルのクローン性の特性を生物のクローン性と比較することで、両分野に新たな研究の進展をもたらすことが期待される。
著者
福井 眞 荒木 希和子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.147-159, 2017 (Released:2017-08-03)
参考文献数
45
被引用文献数
3

種子植物にはクローン成長で親ラメットの近隣に娘ラメットを生産することで、遺伝的に同一な株の集合が個体となるクローナル植物がある。多くの陸上植物は固着性であり、一度定着したラメットはその場所から移動できないため、クローン成長によるクローンサイズの拡大に伴い、同一クローン内のラメットでも時間空間的な環境変動を経験する。このようなクローン成長に対し、種子繁殖は遠方への分散で環境変動のリスクを回避することができる。繁殖戦略の違いは分散戦略の違いと、遺伝組成の相違の観点から議論されてきた。成育地での撹乱は個体の死亡に大きく影響するが、個体の成育環境への適合性を前提として撹乱前後の成育環境の変化に注目した分散戦略の進化はこれまで考えられてはこなかった。本稿では、成育地への撹乱はそこにいる生物個体の死亡に直接影響するというよりも、成育地の土壌水分や光強度といった性質の変化を通して間接的に影響するものとして、成育環境の時空間変動を表現した空間明示型の個体ベースモデルによってシミュレーションを行った。時空間的に変動する成育環境において、クローン成長のみの繁殖は不適であった。しかし、少ない機会で種子繁殖による遺伝的多様性を保ちつつ、旺盛にクローン成長を行う戦略がこのような環境で有効性を発揮することが示された。また、自然界でクローン成長を行っている植物は、このような時空間的な環境の違いに応じた繁殖をおこなっているかをクローナル植物の野外データを用いて検証した。野外個体群内の個体の位置と遺伝子型を調べ、ペア相関関数によって空間的遺伝構造を種間で比較した。さらに、シミュレーションにおいても同様のデータの取り扱いが可能であるため、自然界で見られる空間的遺伝構造を再現するようさまざまな変動環境下でシミュレーションを行った。その結果、スズランの野外個体群のデータは、成育環境との適合性を考慮したうえで、インパクトの小さい環境変動が高頻度で起きているシミュレーションの空間的遺伝構造パターンが類似し、このような環境変動が個体群構造に影響していることが示唆された。