著者
荒木 英樹
出版者
山口大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

本研究では,蒸散によって生じる"水圧シグナル(hydraulic signal)"が,地上部の乾きを素早く根系に伝達するシグナルとなり得るかどうかを検証した.ササゲを,高大気湿度条件下と低大気湿度条件下,すなわち葉面にかかる水要求度が異なる環境下で生育させ,根系における水の通導コンダクタンスをハイプレッシャーフローメータ法で測定した.高湿度条件では生育させたササゲでは,葉の水分要求度が低く水欠乏が生じなかった.そのような個体では,照明点灯後3〜9時間の間に根系の通導コンダクタンスが上昇しなかった.一方,低湿度条件に曝された個体では,照明点灯後3〜6時間の間に葉に軽度の水欠乏が生じるとともに,根系の通導コンダクタンスが有意に上昇した.気孔コンダクタンスを測定した結果,低湿度条件下,すなわち高蒸散要求条件に曝された個体でも,気孔が閉鎖していなかった.すなわち,低湿度条件下に曝されたササゲは,地上部の乾きを感知して,蒸散要求に見合うように根の吸水能力を高めていた.次いで,葉の乾きを根に伝達する経路について検討を行った.導管のみが地上部と根系の連絡路となっている個体を用いて同様の測定を行った結果,師部の物質輸送能力を消失させても根の通導コンダクタンスが上昇した.地上部を切除しその切り口から吸引圧をかけた個体でも同様の反応が起こった.また,地上部の水ポテンシャル(吸引圧)が低下した個体ほど通導コンダクタンスは大きく上昇した.以上の結果から,ササゲには地上部の水欠乏や水要求を感知して,根の吸水能力を高める適応性があることを明らかにした.その乾きを伝達するシグナルは,化学物質の合成と輸送を要する師部経由ではなく,導管を経由する吸引圧であることが示唆された.