著者
田村 知也 菅谷 崚 興野 純
雑誌
日本地球惑星科学連合2018年大会
巻号頁・発行日
2018-03-14

Introduction: 1970年代, 中央海嶺の海底において, 化学合成生物を一次生産者とする特異な生態系を伴った海底熱水噴出孔の存在が報告され, 世界中を驚かせた(Lonsdale, 1977; Spiess et al., 1980). 海底熱水噴出孔は, 地殻中に浸透した海水がマグマの熱によって温められ, 周囲を構成する岩石との反応によりその組成が変化することで熱水となり, やがて上昇して海底面から噴出することで形成される. このような海底熱水噴出孔は, 中央海嶺や島弧, 背弧において発見されてきた. 2000年代に入ると, “Lost City型熱水噴出孔”とよばれる, 海水とカンラン岩や蛇紋岩の反応によって形成される新しい型の熱水噴出孔が報告された(Kelley et al., 2001). この熱水噴出孔は, それまで報告されてきた熱水噴出孔に比べて低温(~90℃)であり, アルカリ性かつ還元的な熱水を噴出する. Lost City型熱水噴出孔からは水素分子(H2)に富んだ熱水が噴出することが知られており(Kelley et al., 2001), 以下の反応式によって生成すると考えられている(Mayhew et al., 2013).2H2O + 2e- → H2 + 2OH- (1)また, Lost City型熱水噴出孔の周囲には, メタン(CH4)やH2を用いた化学合成によってエネルギーを獲得する生物が生息し, そのような生物から成る特異な生態系も存在している(Kelley et al., 2005). (1)式のようなH2発生反応が生じるためには, 電子を水分子に与える電子供与体の存在が必要である. これまでの研究から, 以下の反応式のように, カンラン岩や蛇紋岩に含まれるFe2+を含む鉱物が, 電子供与体として働くモデルが考えられている.Fe2+-bearing mineral → Fe3+-bearing mineral + e- (2)この反応はMayhew et al (2013)によって実験的に確かめられている. 彼らはカンラン岩や蛇紋岩に普遍的に含まれるmagnetite(Fe2+Fe3+2O4)を100℃の熱水に浸し, その表面をXANESで分析したところmagnetiteの表面にのみFe3+が濃集することを確認した. しかしながら, (1)式のH2発生反応に必要な(2)式の反応の具体的なプロセスについては明らかになっていない. 本実験では, magnetiteの熱水反応実験と, 実験後の試料の透過電子顕微鏡(TEM)観察によって, magnetiteによるH2発生メカニズムを解明することを目的とした.Methods: Magnetiteの合成は,Sato et al. (2014)にならい, 水熱合成法で行った. 合成したmagnetiteは真空中で1200°C, 3日間加熱し, 最終的に粒径50-100 µm の単結晶magnetiteを得た. この単結晶magnetiteと超純水をテフロン容器に入れ, 窒素雰囲気下で封入後, 電気炉で100°C, 1ヶ月間加熱することで, 熱水反応実験を行った. 実験後, 試料を溶媒から抽出し, 自然乾燥させた. また, メチレンブルー比色法により反応前後の溶媒中のH2濃度変化を分析した. 実験後の試料は走査電子顕微鏡(SEM, JEOL: JSM-6330F)に供試し, 試料表面の観察と集束イオンビーム(FIB)装置による試料作製部位の決定を行った. その後, FIB装置(JEOL: JIB-4000, JEM-9320FIB)に供試し, 透過電子顕微鏡(TEM)用試料を作成した. TEMは物質材料研究機構(NIMS)の電子顕微鏡(JEOL: JEM-2100F)を用いた.Results and Discussion: メチレンブルー比色法の結果, 熱水反応実験による溶媒中のH2濃度の増加が確認された. これは, 熱水反応実験において(1)式の反応が進行したことを示唆する. 熱水反応実験後の結晶表面をSEMで観察したところ, (111)面では結晶面の縁からステップ状に溶解が進んでいる様子がみられ, 表面には約300 nm径で2種類(円盤状, 紡錘状)の形状を示す析出物が認められた. 一方, (100)面では, 紡錘状の析出物のみみられたがその量は(111)面と比較して少量であった. これら熱水反応実験後のmagnetite結晶の(111)面と(100)面について, それぞれの断面の薄膜試料をFIB装置により作成し, TEM観察した. (111)面上にみられた円盤状および紡錘状の析出物は, それぞれgoethiteおよびhematiteであった. 一方, (100)面に析出していた紡錘状の物質はすべてhematiteであった. (111)面の表面から深さ500 nmまでの範囲における制限視野電子回折(SAED)パターンは, magnetiteの晶帯軸[1 -2 1]の電子回折パターンに対応した. 一方, (100)面の表面から深さ500 nmまでの範囲のSAEDパターンは, magnetiteの晶帯軸[1 1 4]の電子回折パターンとよく一致したスポットを示したが, magnetiteの空間群Fd-3mでは消滅則により強度が0となるはずの位置にもスポットが小さく現れた. これらのスポットはmagnetiteの格子型に一部変化があったことを示す. Magnetiteと同じスピネル構造を持つmaghemite(γ-Fe2O3)は, magnetiteが酸化することで生成し, magnetiteとは異なり八面体席に空隙を伴った構造を有する. Tang et al. (2003) によると, magnetiteはFe2+が選択的に外部へ分散していくことでmaghemiteへと酸化される. また, Skomurski et al. (2010)のシミュレーションによるとmagnetiteの(100)面の表面では, 八面体席にFe2+が多く分布しているという結果が得られており,Fe2+が溶出しやすい状態であると考えられる. したがって, 上述の結果は, 主に(100)面で溶解が進み, Fe2+が主として溶出し空隙が生じたことで, 部分的にmaghemite化し格子型が変化したことを示唆する. 以上の結果から, 熱水反応実験によって, magnetiteの(100)面からFe2+が溶出し, Fe2+が(1)式の反応に対する電子供与体として働いたことでFe3+が生じ, その後結晶表面にhematiteやgoethiteの析出物が生成したと考えられる.