著者
菊池聡 石川幹人#
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

科学的な主張の外観がありながら,実際には適切な科学的な方法論が適用されていない誤った主張や言説は,疑似科学やニセ科学と呼ばれる。日本では血液型性格学やマイナスイオンなどがその代表とされる。疑似科学信奉は,迷信や占い信奉などと並んで,超常信念(paranormal belief)の一つと位置付けられる。こうした超常信念は,しばしば科学的知識や合理的思考の欠如と関連づけられるが,一方で合理的・適応的な役割も担うことも指摘されている(菊池,2012)。 疑似科学が一般社会もたらす深刻な問題の一つとして,疑似科学にもとづく一部の補完代替医療や健康法などが無批判に信用され,健康被害が引き起こされることがある。こうした健康法・健康食品の利用は,高齢者にとって強い関心事といえるが,石川(2009)の調査では,新聞に掲載される疑似科学的広告の9割以上が健康食品を扱っているという現状がある。 高齢者の超常信念は青少年と異なる特徴を持つことは松井(2001)や菊池(2013)などで示されているが,心理学領域での超常信念の研究は,合理的思考と対比される文脈で,青少年を対象として行われることが多かった。そこで,本調査では,現実に,科学的に根拠の無い(効果の疑わしい)医療や健康法のユーザーとなりうる高齢者を対象として,科学的な立場からの批判が受け入れられにくい背景要因について検討を行った。方法調査協力者 シルバー人材センター登録者で会員研修会に参加した585名に調査用紙への回答を依頼し,郵送法で回収した。有効回答者,267名。年齢は61歳から88歳まで。平均71.5歳(SD=4.9)。質問紙・日常生活での健康への態度 健康状態や,健康法・健康診断への取り組み,メディアを通した健康情報の収集などについて尋ねた。11項目5件法。・疑似科学的言説への態度 「マイナスイオンを使った器具で健康状態が改善できる」など,疑似科学的主張や,健康食品の効能,科学的気象予測など計7種類の主張に対して,それぞれ「信頼できる↔信頼できない」「興味がある↔興味がない」「科学的↔非科学的」の各5件法。信頼性の評定を疑似科学信念得点とした。・科学的懐疑への態度 『自分が愛用している健康食品や健康法に対し科学的な根拠がはっきりしないのではないか,という意見を聞かされた』場面を想定させ,そこで取る態度について尋ねた。「根拠を知ろうとする」「感情的に反発する」「自分の実感を信用する」など7項目5件法。・その他,迷信への態度や科学への態度など。結果 疑似科学的主張への信頼度(肯定率)を,菊池(2013)の同県内高校生データと比較すると,血液型(高齢者肯定率25%)はほぼ同等だが,マイナスイオン(15%)や地震雲(27%)の肯定率は半分程度であった。また,疑似科学の信頼性評定は科学性評価と.r=65~.75の相関があり,高齢者はこれらを迷信としてではなく科学性をもとに信頼度を評価していることが示された。 「科学的懐疑への態度」項目を因子分析によって「情報探索」「感情的反発」「失望」「無関心」の4尺度とし,日常の健康への態度や疑似科学信念との関連を重回帰分析によって求めた(Table.1)。その結果「情報探索」は,「日常的健康情報収集」「性別(男性)」と有意な関連があった。一方,「反発」「失望」「無関心」といったネガティブな態度は,すべて「疑似科学信念」と正の関連性が示された。その他の健康への態度や,迷信態度,年齢などとの関連性は見られなかった。考察 科学的立場からの懐疑論や疑似科学批判は,しばしば科学的根拠の乏しさや不十分さを批判するパターンを蹈襲する。しかし,高齢者はある種の科学性にもとづいた理性的判断のもとで疑似科学信念に至るがゆえに,批判的な指摘に対して,判断の誤りを指摘されたようにとらえ,ネガティブな反応をする傾向があると推測できる。これは有効な科学コミュニケーションのあり方や現代社会の問題としての疑似科学を考える上で重要な示唆となりうるものである。