著者
菊池聡 石川幹人#
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

科学的な主張の外観がありながら,実際には適切な科学的な方法論が適用されていない誤った主張や言説は,疑似科学やニセ科学と呼ばれる。日本では血液型性格学やマイナスイオンなどがその代表とされる。疑似科学信奉は,迷信や占い信奉などと並んで,超常信念(paranormal belief)の一つと位置付けられる。こうした超常信念は,しばしば科学的知識や合理的思考の欠如と関連づけられるが,一方で合理的・適応的な役割も担うことも指摘されている(菊池,2012)。 疑似科学が一般社会もたらす深刻な問題の一つとして,疑似科学にもとづく一部の補完代替医療や健康法などが無批判に信用され,健康被害が引き起こされることがある。こうした健康法・健康食品の利用は,高齢者にとって強い関心事といえるが,石川(2009)の調査では,新聞に掲載される疑似科学的広告の9割以上が健康食品を扱っているという現状がある。 高齢者の超常信念は青少年と異なる特徴を持つことは松井(2001)や菊池(2013)などで示されているが,心理学領域での超常信念の研究は,合理的思考と対比される文脈で,青少年を対象として行われることが多かった。そこで,本調査では,現実に,科学的に根拠の無い(効果の疑わしい)医療や健康法のユーザーとなりうる高齢者を対象として,科学的な立場からの批判が受け入れられにくい背景要因について検討を行った。方法調査協力者 シルバー人材センター登録者で会員研修会に参加した585名に調査用紙への回答を依頼し,郵送法で回収した。有効回答者,267名。年齢は61歳から88歳まで。平均71.5歳(SD=4.9)。質問紙・日常生活での健康への態度 健康状態や,健康法・健康診断への取り組み,メディアを通した健康情報の収集などについて尋ねた。11項目5件法。・疑似科学的言説への態度 「マイナスイオンを使った器具で健康状態が改善できる」など,疑似科学的主張や,健康食品の効能,科学的気象予測など計7種類の主張に対して,それぞれ「信頼できる↔信頼できない」「興味がある↔興味がない」「科学的↔非科学的」の各5件法。信頼性の評定を疑似科学信念得点とした。・科学的懐疑への態度 『自分が愛用している健康食品や健康法に対し科学的な根拠がはっきりしないのではないか,という意見を聞かされた』場面を想定させ,そこで取る態度について尋ねた。「根拠を知ろうとする」「感情的に反発する」「自分の実感を信用する」など7項目5件法。・その他,迷信への態度や科学への態度など。結果 疑似科学的主張への信頼度(肯定率)を,菊池(2013)の同県内高校生データと比較すると,血液型(高齢者肯定率25%)はほぼ同等だが,マイナスイオン(15%)や地震雲(27%)の肯定率は半分程度であった。また,疑似科学の信頼性評定は科学性評価と.r=65~.75の相関があり,高齢者はこれらを迷信としてではなく科学性をもとに信頼度を評価していることが示された。 「科学的懐疑への態度」項目を因子分析によって「情報探索」「感情的反発」「失望」「無関心」の4尺度とし,日常の健康への態度や疑似科学信念との関連を重回帰分析によって求めた(Table.1)。その結果「情報探索」は,「日常的健康情報収集」「性別(男性)」と有意な関連があった。一方,「反発」「失望」「無関心」といったネガティブな態度は,すべて「疑似科学信念」と正の関連性が示された。その他の健康への態度や,迷信態度,年齢などとの関連性は見られなかった。考察 科学的立場からの懐疑論や疑似科学批判は,しばしば科学的根拠の乏しさや不十分さを批判するパターンを蹈襲する。しかし,高齢者はある種の科学性にもとづいた理性的判断のもとで疑似科学信念に至るがゆえに,批判的な指摘に対して,判断の誤りを指摘されたようにとらえ,ネガティブな反応をする傾向があると推測できる。これは有効な科学コミュニケーションのあり方や現代社会の問題としての疑似科学を考える上で重要な示唆となりうるものである。
著者
斎藤裕
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

問題と目的 『内包量』とは「長さ」に代表される『外延量』と対置されるもので,「速さ」などが代表的なものである。前者は性質や「強さ」の量であり,後者は「大きさ・広がり」の量である。操作的な違いとして,外延量は加法性を満たすのに対し,内包量は満たさない点に特徴がある。内包量は2つの外延量の商で生み出されるもので,言わば「割合」である。内包量を理解するとは,1.独立性:全体量や土台量の多少に関係なく“強さ”として一定である,2.関係性:2つの量が既知の時に残りの“量”が求められる,3.操作性質:2つ以上の量を合併することはできない-非加法性,の3点を理解すると言えよう。麻柄は,「独立性」の理解を重視し,内包量教育実践の指標として,1)内包量は「全体量÷土台量」で算出されて初めて存在する量ではなく,初めから存在する量であることを強調すること,2)学習の初期には,土台量や全体量と異なる外延量によって暫定的に内包量を定義すること,の2点を挙げている(1992)。しかし,外延量的理解を促せば,「非加法性」に抵触してしまう。この理解は,単に「足せない」だけではなく,『平均』の理解にも関係する。『速さ』は“相加”平均もできないのである。また,内包量も多岐に渡る。松田らは「日常生活の中で経験豊富だから速さのほうが密度より概念獲得が早い」(2000)と述べているが,日常生活が内包量概念獲得に深く関与しているならば,各々の内包量概念は,どのような経験がなされているのかによって,その獲得状況に大きな差異が出てこよう。本研究では,被験者を大学生とし,内包量として「割合」「速さ」「温度」「濃度」「密度」を選び,それらについて“加法性”“平均”及び“関係性の理解(計算操作)”について調査し,彼らレベルにおいて「内包量」についてどのような理解状態にあるのか確認することを目的としたい。方 法 (1)実験の概要:被験者は,2大学保育福祉系学科(A公立大・B私立大)1年生(A;40名・B;60名)。被験者全員に調査問題が配布され,解答が求められる(20分程度)。 (2)調査問題:2種の問題群からなる。1正誤判断問題9問-加法判断3問〔重さ・割合・濃度〕,平均値判断6問〔外延量・平均値・濃度・速さ・密度・温度〕2「外延量の平均」及び「内包量;第1-3用法」に関する計算問題5問;1)外延量-平均2)割合:第1用法3)割合:第3用法 4)速さ:第2用法5)密度:第1用法結果と考察 (1)計算力:2大学で違いが見られた。A大学生は“割合第3用法”でも8割以上の正答率を示した。A大学生は計算力(関係性の理解)は高い。 (2)“加法性”・“平均”の理解:A大学生は「非加法性」3問でも高い正答率を示す。B大学生は全て約50%の正答率でしかない。「重さ」は“水に溶かす”問題であったため,彼らは『非保存的判断』を示した可能性もある。一方,“平均”はややB大学生の方が正答率は低いが,有意な差はなく,両大学生とも特徴的傾向を示している。それは「速さ」「平均の平均」の低い正答率である。これは,「速さ」が生活経験の積み重ねの結果として,特別な『外延量的理解』となっているからではないだろうか。「速さ」は所謂“平均の速さ”である。「平均の平均」も間違うことが象徴的である。「平均」とはいかなる量なのか・内包量としての「平均」値の理解をどう進めるかが,全体して「内包量の理解」の促進の課題であり,その検討を進める必要があると考える。
著者
成瀬智仁
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

1.問題と目的 場面緘黙児(以下緘黙児)は他人への迷惑や教室での活動を妨害することもなく,ひっそりと声を出さずにいるために注目されず,問題視されることは少ない。彼らは非社会的傾向を持っているため症状が進行して集団に同調できなかったり,不登校などの症状を示し始めたときに教員達はその問題への対応に苦慮することになる。緘黙の症状にはさまざまな要因がかかわっており,改善への対応は発話だけでなく感情や行動などに長期的にかかわっていくことが必要である(河井 2004,成瀬 2007)。本研究では緘黙児の症状について分析し,小学校教員の指導援助の課題を検討する。2.方 法 ①調査時期と手続き:2012年7月~12月,A市公立小学校24校の教員(教諭,講師)に対して質問紙配布による依頼,後日回収,有効回収率61.7% ②調査協力者:335名(女性231名,男性104名)平均年齢40.1歳(SD=13.10,内訳:20代96名,30代94名,40代26名,50代以上119名) ③調査内容:緘黙についての知識4項目,緘黙児の担当経験項目16項目,基本的特性:性別・年齢。3.結 果 ①担任教諭239クラスの内,緘黙児が在籍しているのは36クラス(15.1%),わからないは7クラス(2.9%)だった。緘黙児担任経験のある教員は158名(46.9%)であり,担任経験のない教員は154名(45.7%),わからない25名(7.4%)だった。教員年代別の緘黙児担任経験は20代(26.8%),30代(38.9%),40代(38.9%)に対し50代(66.7%)や60代(71.4%)であり教員経験が長いほど緘黙児にかかわる割合が高かった(F(8, 337)=39.859, p<.01)。緘黙児担任経験教員より回答されたのは166ケースであり,女子105名(63.3%),男子61名(36.7%)だった。 ②緘黙児童のケースについて緘黙の特徴に関する12項目(5件法)をもとに主成分分析をした結果,「動作表現」と「言語表現」の2成分が取り出された(表1)。また,主成分得点をもとにクラスター分析をした結果,ほとんど話さない「緘黙タイプ」,動かない「緘動タイプ」,話も行動も控えめな「消極タイプ」,少し話せて行動は出来る「寡黙タイプ」の4類型に分けることが出来た(表2,図1)。学年別では高学年ほど緘動タイプが多くなっていた(χ2(5)=11.084, p<.05)。 ③学年別の緘黙症状は高学年ほど「表情」,「交友関係」,「教師との目線」などで現れ,低学年との間に有意差が見られた。「学習の理解」や「文章表現」でも高学年は低評価の傾向が見られた。緘黙症状の変化については「教員との視線」を合わすことが出来るほど(χ2(12)=23.582, p<.05),また,「動作のぎこちなさ」がない児童ほど(χ2(12)=21.201, p<.05)改善されていた。4.考 察 児童の緘黙症状によって4タイプの緘黙類型が見いだされた。また,学年進行により緘黙症状が改善する場合と,より悪化するケースがあり,緘黙児童に対する指導援助にはその児童に合わせた指導の必要性が示唆された。今後は緘黙児童への具体的な教育援助の方法を検討していくことが課題である。
著者
山岸明子
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

目 的 Montgomery, L. M. 著「赤毛のアン」(1908)は,孤児として不遇な子ども時代を過ごし,発達心理学的に不利な状況にあったにもかかわらず,賢く愛情豊かな女性に成長する様子を描いた児童文学である。幼少期の愛着形成において問題がある者の回復の過程が描かれていると考えられるが,その成長の過程は,発達心理学の知見と一致しているか,発達心理学の観点から無理はないかを検討することが本研究の目的である。幼少期に孤児となり,誰からも愛されたことがなかったアンは11才の時にクスバート家に来るが,「赤毛のアン」に書かれている記述から,1.それまでのアンの育ち,2.クスバート家に来た当初のアンの様子,3.その後のアンの変化に関して愛着の観点から検討を行う。そしてフィクションの小説ではあるが,幼少期の愛着形成において問題がある者の回復の過程やそこに寄与する要因についても考察する。結果と考察1.アンの育ち アンの語りによれば,生後3ヶ月で母親,次いで父親も熱病で死去(父母は共に高校教師)。親戚もなく引き取り手がいなかったため,近所に住む一家に引き取られる。貧しく酒飲み亭主のいる家庭で,子守り兼小間使いとしてこき使われ,つらい思いをしながら,二軒の家で過ごし(大勢の子の面倒をみるため,学校へもほとんど行けなかった),その後4ヶ月孤児院で暮してから,独身の老兄妹マシューとマリラの家にくる。「誰も私をほしがる人はいなかったのよ。それが私の運命らしいわ」とアンは言っているが,愛着対象をもつことなく,誰からも愛されたことがない少女である(唯一何でも話せる相手は想像上の友人であった)。2.クスバート家に来た当初のアンの様子 愛着対象をもたず,誰からも愛されなかったため,愛着に関する障害があることが予想される。著者は必ずしも否定的なものとして書いていない場合もあるが,グリーン・ゲーブルスに来た頃のアンには行動的・心理的に様々な問題がある。1)感情のコントロールができず 特に怒りのコントロールができない。2)よく知らない人に対するなれなれしい態度がみられる。これはDSM-Ⅳの愛着障害の診断基準の「拡散された愛着」に該当すると思われる。3)大げさな表現-アンのおしゃべりは想像も加わっていて大げさだし,喜び方や謝り方も演技的と言える位大げさである。4)自己評価が極めて低い。強い劣等感をもち 誰にも愛されない,誰からも望まれない,自分は哀れな孤児だと何度も言っている。5)嘘をつく。 そのような問題が見られる一方,他者と関係を持とうとしない,あるいはそれがむずかしいというDSM-Ⅳの愛着障害の診断基準の「回避性」の傾向はもっておらず,他者との関係性は基本的にうまくいっている。対人的な自信がないにもかかわらず,よい関係を作る力をもっていることと,はじめから学業優秀な点は,育ちから導くことはむずかしいと思われる。3.その後のアンの成長 アンは11才まで愛情を受けずしつけも満足に受けていなかったが,優しいマシュウと厳しいが愛情をもって育ててくれるマリラのもとで,安全基地と安全感を得て,また荒れた気持ちを宥め慰めてくれる他者を得て徐々にかんしゃくをおこすこともなく穏やかな少女になっていく。 近隣の人も友人も,孤児であり,かんしゃくもちで変わったところのあるアンを受入れてくれ,学校でもアンはのびのびと個性を発揮して友人との生活を楽しむ。 そして「私は自分のほか,誰にもなりたくないわ」と今の自分を肯定するようになる。強い劣等感をもち,誰にも愛されない,哀れな孤児という自己概念は大きく変わっている。4.アンの変化に寄与したもの アンの変化に寄与した要因として,1)暖かくしっかりとした養育 2)学習の機会と動機づけの提供 3)よい友人関係 4)地域の大人とのかかわりがあげられる。これらは,山岸(2008)の被虐待児の立ち直りについての検討や,レジリエンスの促進要因としてあげられていることと共通しているといえる。 アンが当初からもっていた対人的能力や学業上の能力に関しては,語られた育ち方では少々無理があるが,クスバート家そしてアボンリーで生活する中でのアンの変化に関しては,発達心理学の見解と一致するものであることが示された。
著者
新原将義 太田礼穂 広瀬拓海 香川秀太 佐々木英子 木村大望# 高木光太郎 岡部大介#
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

企画趣旨 近年,ヴィゴツキーの「発達の最近接領域(ZPD)」概念はホルツマンによって「パフォーマンス」の時空間として再解釈され,注目を集めている(e.g., Holzman, 2009)。パフォーマンスの時空間という考え方によってZPDは,支援者によって「測定」されたり「支援」されたりするものから,実践者らによって「創造」されるものへと転換したといえるだろう。 こうした潮流において現在,パフォーマンスの時空間を創造するための手法として,インプロ及びそれを題材としたワークショップ形式の実践が注目されている(Lobman& Lundquist, 2007)。こうした試みの多くは,単発的な企画として実施される(e.g., 上田・中原,2013;有元・岡部,2013)。 こうしたインプロ的な手法は,確かに対象についての固定化された見方から脱し,新たな関係性を模索するための手法として有用なものであり,また直接的には協働しないがその後も互いに影響し合う「触発型のネットワーク」を形成する場としての機能も指摘されつつある(青山ら,2012)。しかしインプロやワークショップを,単発の企画としてではなく実践現場への長期的な介入の手法として捉えた場合,ただインプロ活動やワークショップを実施するのみではなく,「それによって実践現場に何が起こったのか」や,「インプロやワークショップは実践現場にとって“何”であったのか」,そもそも「なぜ研究者の介入が必要だったのか」といったことも併せて考えていく必要がある。インプロという手法がパフォーマンスや「学びほぐし」のための方法論として広まりつつある今,問われるべきは「いかにインプロやワークショップ的な手法を現場に持ち込むのか」だけではなく,「パフォーマンスという観点からは,介入研究はいかにあり得るのか」や「インプロやワークショップの限界とは何か」といった問いについても議論するべきであろう。 社会・文化的アプローチではこれまでも,コールの第五次元(Cole, 1996),エンゲストロームの発達的ワークリサーチ (Engeström, 2001) など,発達的な時空間をデザインすることを試みた先駆的な実践が複数行われてきた。本企画ではこうした知見からの新たな取り組みとして,パフォーマンスの時空間の創造としての介入研究の可能性について考える。長期的な介入の観点としてのパフォーマンス概念の可能性のみではなく,そこでの困難や,今後の実践の可能性について,フロアとの議論を通して検討したい。公園で放課後を過ごす中学生への“学習”支援:英語ダンス教室における実践の記録広瀬拓海・香川秀太 Holzman(2009)の若者を対象とした発達的活動には,All Stars projectにおける「YO!」や,「ASTSN」といった取り組みがある。これらの背景には,学習・発達を,社会的・制度的に過剰決定されたアイデンティティや情動をパフォーマンスによって再創造することとしてとらえる哲学および,このような意味での学習・発達の機会を,学校外の場において社会的に奪われた人種的マイノリティの若者の存在がある。近年,日本においても経済的な格差が社会問題化しはじめている。これらの格差は,日本においても子ども達の学校外の体験格差としてあらわれ,特に情動性・社会性といった面での発達格差をもたらすと考えられる。 話題提供者はこのような関心のもと,2014年3月から,放課後の時間に公園で屯する若者を主な対象とした計6回の活動を実施してきた。これは,調査対象者の「英語学習」に対する感情の再創造を目的として,彼らが「興味あること」として語った「ダンス」を活動の基礎に,外国人ダンサーがダンスを英語で教える学習活動を組織したものである。外国人ダンサーとのやりとりの中で,子ども達がデタラメや片言で英語を「話している」状態を作り出すことによって,学校での経験を通して形作られた彼らにとっての英語学習の意味が解放され,新たに創造されることが期待された。 本シンポジウムでは特に,これらの活動に子ども達を参加させることや,ダンスというアクティビティに子ども達を巻き込むうえでの困難に注目してこの活動の経過を報告する。そしてそれらを通して,日本においてこのようなタイプの学習の場を学校外に組織していく上で考慮すべき点について議論したい。パフォーマンスとしてのインプロを長期的に創造し続ける: 方法論から遊びの道具へ木村大望 話題提供者は,2010年10月にインプロチームSAL-MANEを組織した。発足当初のチームは,子どもから大人までを対象とした対外的なワークショップ活動を積極的に行っていた。インプロは「学びほぐし」の方法であり,それを通じた自他の学びや変容が関心の中心であった。しかし,2012年に話題提供者が海外のインプロショーを鑑賞したことをきっかけに,チームは定期公演を主軸としたパフォーマンスとしてのインプロの追究へ活動の方向性をシフトさせた。ここでインプロはチームにとって「遊び」の道具となり,それ以前の方法論的理解は後景に退くこととなった。それに伴い,チームの活動は対外的なワークショップ活動から対内的な稽古的活動に転換していく このようにSAL-MANEの活動はインプロを方法論的に用いて第三者の学習を支援するための場づくりから,チームに携わるメンバー自らがパフォーマンスを「創造」する場づくりへ変遷している。この背景には,インプロに対するメンバーの理解や認識の変化が密接に関連している。インプロを手法として用いながら,自らがインプロによって変容した事例と言えるだろう。 本シンポジウムでは,この経過の中で生じた可能性と課題・困難について報告する。パラダイムシフトする「場」:21世紀のドラマへ佐々木英子 2000年前後から,同時多発的に世界各地で急速に発達してきた応用演劇という分野がある。この多元的な分野は,演劇を応用した,特定のコミュニティや個人のための参加者主体の参加型演劇であり,産業演劇とは一線を画している。この現象は,急速なグローバルチェンジの波を生き延びるための,多様性の中で相互作用によりオーガニックに変容し,持続可能な未来を「再創造」しようとする人類の知恵かもしれない。 話題提供者は,英国にて,応用演劇とドラマ教育を学ぶと共に,それに先駆け,2000~2003年,この21世紀型ドラマの「場」を,社会への「刺激」として,勉強会を行い身の丈で提案活動をした経験がある。社会から突然変異と見られたその活動は,子ども時代,正に「ZPD」において手を差し伸べられず,発達しようとする内的衝動が抑圧され腐らされるような苦痛の中,どうすれば生き延びるかを,体験と観察,思考を積み重ねた末に行った自分なりの代替案でもあった。 本シンポジウムでは,提案活動のきっかけとなった自身の子ども時代のドラマ体験,2001年の発達障害の子ども達が参加した演劇,また,最近では2014年に中学校で行った異文化コミュニケーション授業を通して経験・観察された可能性や困難などについて報告する。
著者
石島恵太郎 高橋知音
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

問題と目的 数唱は臨床現場で頻繁に使われる認知機能検査課題であり,ワーキングメモリを測定するとされている。しかし,数唱を構成する順唱と逆唱のそれぞれの検査がどのような認知機能を測っているのかについて,ワーキングメモリ理論に基づいた見解が,知能検査の理論・解釈マニュアルには示されてはいない。 順唱が音韻ループの機能を反映しているのに対し,逆唱では,視空間スケッチパッドの機能を反映しているという考え方がある(St Clair-Thompson & Allen, 2013)。逆唱において,構音リハーサルだけでは数字を逆の順番で再生するのは難しい。効率的に数字を並び替えるために,数字の視覚イメージが使用されていると考えられている。この仮説を踏まえると,刺激の提示モダリティを変えると,順唱,逆唱において使用される認知機能の差が顕著になると考えられる。たとえば,視覚提示の課題は,視覚処理を促すと考えられる。 本研究では,提示モダリティの影響を個人差の要因も含めて検討することで,順唱で主に音韻処理,逆唱では音韻処理に加えて視覚処理が行われている,という視覚イメージ仮説を検証することを目的とする。実験1 方法 参加者 大学生30名(男性15名,女性15名)が参加した。平均年齢は21.8歳(SD=1.8)であった。 手続き 2(モダリティ)×2(再生方向)の被験者内計画であった。順唱,逆唱の順に実施され,提示モダリティの実施順はカウンターバランスされた。順唱は数字3個,逆唱は2個から開始し,参加者が正答すると数字系列の長さは1増加し,同じ長さの数字系列に2連続で失敗した場合,系列の長さを1減少させた。1つの条件では10試行,全条件で40試行を行った。 採点方法 それぞれの長さの数字リストでの正答率を算出し,順唱では2.5,逆唱では1.5を足して得点とした。結果と考察 課題得点に対して因子分析を行い(主因子法, バリマクス回転),2因子を抽出した(Table 1)。音韻的処理と相性の良い二つの順唱課題と聴覚提示された逆唱課題の得点への負荷量が高いことから因子1は音韻処理を反映していると考えられる。成人を対象にした研究では,逆唱における視覚イメージの使用は効率的な方略であることが示唆されている(St Clair-Thompson & Allen, 2013)。イメージ方略と相性が良い2つの逆唱課題において負荷量が高い因子2は視覚処理を反映していると考えられる。以上から,それぞれの因子を音韻処理因子,視覚処理因子と命名する。実験2 目的 因子負荷の差が顕著な視覚提示順唱と視覚提示逆唱での視覚妨害の影響の程度から,因子2が視覚処理を反映するかどうかを検討する。第1実験で得られたデータから視覚処理因子の因子得点が0以上を高群,0未満を低群とする。視覚処理因子の高い高群では,逆唱において視覚妨害の影響を強く受けるはずである。方法 参加者 第1実験に参加した実験協力者24名(男性13名,女性11名)が再び参加した。 材料 視覚妨害刺激として,Quinn & McConnel (1996)によって開発されたダイナミック・ビジュアル・ノイズ(以下,DVN)を使用した。 手続き 再生段階にDVNが提示される以外は,第1実験の視覚提示条件と同様であった。結果 因子得点高低を被験者間要因,視覚妨害有無と再生方向を被験者内要因とする3要因分散分析を行った。 分析の結果2次の交互作用が有意だった(F (1, 22)=8.31, MSE= 0.54, p=.01, ηp2=.27)。単純交互作用検定を行ったところ,視覚妨害なしにおける因子得点×再生方向の交互作用が有意だった(F(1, 22)=16.53, p=.00)。単純・単純主効果は,因子得点高群の順唱,低群の順唱,因低群の逆唱において,それぞれで有意に視覚妨害ありの方が高かった(F (1, 22)=14.19, p=.00,ηp2=.392;F (1, 22)=6.44, p=.02, ηp2=.23;F (1, 22)=6.93, p=.02, ηp2=.24)(Figure 1)。一方,因子得点高群の逆唱においては有意ではなかった(F (1, 22)=1.02, p=.32, ηp2=.04)。妨害ありにおいてはこの交互作用は有意でなかった(F (1, 22)=0.04, ,p=.84)。考察 課題得点に関して視覚処理低群では順唱,逆唱ともに視覚妨害条件では得点が有意に高くなっていた。一方,視覚処理高群では順唱のみ有意に得点が高くなっており,逆唱では差は認められなかった。視覚妨害ありにおける成績向上は,あり条件が全てなし条件の後に実施されたために,実験参加者が課題の手続きや遂行に慣れたことが考えられる。しかし,視覚処理高群における逆唱課題では向上せず,DVNによって視覚処理が妨害されたことが示唆された。因子2が視空間スケッチパッドの機能を反映していることが示唆された。
著者
廣澤愛子 大西将史 岸俊行
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

目 的 解離とは,苦痛をもたらすものを自己から切り離す心的作用であり(Putnum,1997),解離性同一性障害に代表されるような病的解離もあれば,単に苦痛な事柄をなかったことにしようとする非病理的な解離もある。Putnum(1997)によると,病的解離は正常な人が稀にしか体験しないものであり,病的解離と非病理的解離は異なる認知構造を有すると言う。そして両者の大きな違いは,非病理的解離が苦痛な状況を切り離したことを覚えている点である。近年,非病理的解離の増加が指摘されているが(岩宮, 2009),その研究は,病的解離と比べて極めて少ない。そこで本研究では,病的解離とは異なる認知構造を有する非病理的解離の尺度を作成する。なお,非病理的解離は自分にとって苦痛なものを意識的に切り離す行為であるため,ストレスへの対処行動と考えることができる。そこでこの尺度を解離的対処行動尺度と呼ぶ。方 法 調査協力者 大学生154名(男80名,女74名,平均年齢20.51,標準偏差1.35)を対象に質問紙調査を実施した。 調査内容 (1) 解離的対処行動尺度 いじめ体験に関する記述回答(廣澤,2008),及び回避的なストレス対処行動に関する既存の尺度を参照し,苦痛な体験を「切り捨てる」14項目,苦痛な体験と「距離を置く」12項目,辛い気持ちを「割り切る」10項目,計36項目の尺度を作成した。評定は全く当てはまらない~非常に当てはまるまでの6段階である。 (2) 解離性体験尺度 病的解離との弁別的妥当性を確認するために,Bernstein&Putnam(1986)による解離性体験尺度の日本語版28項目(田辺・小川,1992)を用いた。「0%:そういうことはない」から「100%:いつもそうだ」の11件法で回答を求めた。 (3) 対人ストレスコーピング尺度 加藤(2001)による本尺度は,ポジティブ関係コーピング16項目,ネガティブ関係コーピング10項目,解決先送りコーピング8項目から成る。評定は,当てはまらない~よくあてはまるまでの4段階である。結果と考察 解離的対処行動尺度の因子分析 尺度の候補項目について3因子を指定し,因子分析(主因子法,Promax回転)を行った。そして因子負荷量が.35未満の項目,当該因子以外への負荷量が.20以上の項目,計21項目を削除し,再度因子分析(主因子法,Promax回転)を行ったところ,想定した3因子構造(切り捨て6項目,距離を置く5項目,割り切り4項目)が得られた。3因子の累積寄与率は47.7%であった。因子負荷及び因子間相関をTable1に示す。 解離的対処行動尺度の信頼性の検討 3因子ごとのα係数は,切り捨て(α=.77),距離を置く(α=.75),割り切り(α=.68)であった。「割り切り」のα係数がやや低いが,項目数が4項目であることを考えると,許容範囲と考えられる。 解離的対処行動尺度の妥当性の検討 解離性体験尺度との相関では,「切り捨て」「距離を置く」「割り切り」のいずれも相関が見られず,病的解離との弁別的妥当性が確認された。次に対人ストレスコーピング尺度との相関では,「切り捨て」及び「距離を置く」はネガティブコーピングと(r= .31,r= .26),「割り切り」は先送りコーピングと(r= .36),弱い正の相関が見られた。対人ストレスコーピングとの関連が見られたことから,本尺度の構成概念妥当性が示された。また,抑鬱や友人関係における否定的影響との関連が指摘されているネガティブコーピングと相関が見られた「切り捨て」及び「距離を置く」は,望ましくない結果をもたらす対処行動と言える。一方,「割り切り」と相関が見られた先送りコーピングは,ストレス緩和や友人関係における満足感の向上との関連が指摘されており(今田, 2000など),肯定的結果をもたらす対処攻略と言える。このように,解離的対処行動は肯定的・否定的両面の結果をもたらす心性であることが示唆された。
著者
杉本貴代
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

0.はじめに 本研究では,日本語の心的辞書の中核を成す和語(やまとことば)に固有の現象である「連濁」の獲得過程と言語発達を検証することにより,子どもの言語処理と心的辞書の発達的特徴を検討する。連濁は,複合語の後部要素の語頭子音が濁音化する現象であり(例:いちばん+ほし→いちばんぼし, /h/→[b]),日本語の心的辞書を特徴づける語種の一つである和語に固有の現象として知られている(窪園 1999, 他)。脳科学的手法による研究から,連濁は言語の音声,形態,統語,意味の各範疇の情報処理に関連することが示されており(尾形他 2000, 酒井他 2006),その獲得の過程を明らかにすることは,日本語獲得過程と言語処理の統合的理解に寄与すると考えられる。これまでの成人対象の研究から,連濁が生起されるためには,①和語であるか否かの語種の区別に関する知識と,②単語を解析して有声阻害子音の有無を判別する能力の2条件が求められると考えられてきた(成人の連濁の2条件)。しかしながら,近年の先行研究から,子どもは初めから成人の2条件をそのまま学んでいるわけでなく,幼児は自ら利用可能な言語情報を用いて独自の連濁処理方略を発達変化させ,就学期を境に質的変化を経て成人に近づいていくことが示唆されている(杉本 2014)。1.問題と目的 音声言語を用いる幼児の連濁方略が児童期に質的に変化する要因は何であろうか。本研究では,幼小移行期の文字言語の学習とそれにともなう発達的変化に注目する。かな文字と漢字を学ぶ定型発達児の知見(杉本2015)に新たに点字を習得する盲児の事例を加え比較考察することにより,習得する文字種の特性により,心的辞書の再構成と言語処理方略に差異の有無を検討する。2.方法 実験は,定型発達児対象の先行研究(杉本2015,印刷中)と同じ2(アクセント)*2(既知/新奇語)の2要因反復測定計画とし,複合名詞産出課題を用いた。研究協力者は,東京方言地域(早田 1999)に居住する全盲の幼児2名(59カ月齢,72ヶ月齢)と先天盲の大学生1名であった。幼児2名のうち,1名は点字既習であり,もう1名は未習得であった。実験に際し,盲児に分かりやすい触覚刺激を用いた複合名詞産出課題を開発した。言語産出実験と発達検査を実施し,かな文字・漢字を習得途中の同年齢の定型発達児の知見と比較した。 実験結果の予想として,点字未習得の盲児は,定型発達幼児と同様にプロソディにもとづく連濁方略を用いると予想される。点字既習の盲児においても,ひらがな,カタカナのような区別を学習しないため,点字未習得の幼児と同様に音声特徴のみにもとづく連濁方略を使うと予想される。3.分析と結果 全盲の研究協力者を得にくい状況から,本研究は事例研究として分析した。まず,点字未習得の盲児は,プロソディにもとづく連濁方略(平板型アクセント語をもつ連濁和語のみ連濁させる),同年齢の定型発達幼児と同様の連濁方略を用いていることが明らかになった。一方,定型発達のかな文字習得児と点字習得児では,連濁方略に差異が見られた。すなわち,点字習得児は,幼児期固有の連濁方略には依存しておらず,成人と同様に連濁和語をすべて連濁させること(平板型≒頭高型語)に加え,外来語と漢語もすべて連濁させる非和語への拡張が確認された。点字習得児の非和語への規則的な拡張は,定型発達の幼児・児童にまれな傾向であることから(杉本2013),点字の学習と同時に別の手がかりをもとに語彙を分類(レキシコンの再構成)している可能性が考えられる。4.結論 点字を習得している/していない全盲の幼児の連濁方略に明らかな差異が確認された。点字未習得の幼児は,同年齢の定型発達児と同様の連濁方略を持つが,点字を習得している幼児の連濁方略は,定型発達幼児には見られない傾向であるため,点字学習の影響が考えられる。しかし,その因果関係は,本横断研究からは結論づけられるものでなく,今後の縦断的調査により,個人内の発達変化を追跡する必要がある。【謝 辞】 本研究にご協力くださいましたお子さんと保護者の皆様,先生方に心より御礼を申し上げます。本研究の一部は,平成26年度文部科学省科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(課題番号26580080)および国立国語研究所共同研究プロジェクトの助成を受けました。
著者
田中純夫 辻田知晃 佐渡幹也 西田敬志
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

Ⅰ 目的 昨年の発表ではBaron-CohenらのEmpathizing-Systemizing理論に基づいて,「男性脳」の特性を示すものは回避型の愛着の得点が有意に高いことを報告した(田中・佐渡・西田,2014;西田・田中,2014)。 今年度は特に成人前期までに内的作業モデルを通して形成された愛着スタイルに着目して,自閉症スペクトラムの特性とどのように関連するのかを探ることを目的とする。Ⅱ 方法1対象:首都圏の大学に在学する大学生225名(男性104名,女性121名,平均年齢19.7)2期間:2014年7月初旬3質問紙の構成:(1)対象者の属性:性別,学年,年齢等からなる。(2)一般他者版成人愛着スタイル尺度(Brennan, 1988):下位尺度は「見捨てられ不安」18項目,「親密性の回避」12項目からなり合計30項目で構成される。(3)内的作業モデル尺度(戸田, 1988):成人の内的作業モデルの質を評価するための尺度である。下位尺度は「安定型」「アンビバレント型」「回避型」の3つからなり,各6項目の合計18項目で構成される。(4)自閉症スペクトラム指数(Autism-SpectrumQuotient, Baron-Cohen, 2001以下「AQ」とする):下位尺度は「社会的スキル」「注意の切り替え」「細部への注意」「コミュニケーション」「想像力」の各10項目からなり,合計50項目で構成される。(5)AS困り感尺度(山本・高橋,2009):自閉症スペクトラムの行動特徴を有する学生の日常生活における支援ニーズの把握を目的としており,合計25項目で構成される。Ⅲ 結果・考察 成人前期の愛着スタイルと自閉症スペクトラムとの関連を検討するために,成人の愛着を測定する「一般他者版成人愛着スタイル」および「内的作業モデル」と自閉症スペクトラムを測定する「AQ全体」と「5下位尺度」および「AS困り感」との間で相関係数を算出した(Table1)。主な結果は以下の通りである。○一般他者版成人愛着スタイルの下位尺度「見捨てられ不安」「親密性の回避」の双方が「AQ全体」および「社会的スキル」「コミュニケーション」という対人関係の側面との間に明確な正相関が示された。○AQ尺度の全般および「AS困り感」は,内的作業モデルの「安定型」との間では負相関を示し(女性の方がより明確に関連している),内的作業モデルの「アンビバレント型」「回避型」とでは正相関を示した。安定した愛着形成は定型発達の基盤となりうること,また発達的な弱点を補填しうる可能性が示唆される。(本研究は,平成26~28年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)26380954(研究代表者:田中純夫)の助成を受けて実施した調査の一部を使用している。)
著者
田中悠樹
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

問題と目的 現在,教育現場の課題として自然体験活動の欠如が取り上げられている(日置, 2004; 国立青少年教育振興機関, 2010)。その要因のひとつとして昆虫に対して嫌悪感を示す子ども・教師が増えている(日高, 2005; 鑄物・地下, 2014)ことが考えられる。しかし嫌悪は恐怖や不安といった感情と近い属性を備えた感情であるとされるものの,対人的な場面以外の研究は多くなく,特に昆虫に対する嫌悪は従来本能的なものであると考えられており,その構成要因についてはほとんど明らかでない。 よって,本研究は,対人嫌悪の研究を参考として尺度作成を試みることで昆虫に対する嫌悪感情の構成を明らかにすることを目的とする。方法 調査対象者 関西の国立大学で,2015年1月から2月に質問紙調査を実施した。分析対象は大学生51名(男性:17名,女性:34名)である。 質問項目 日高(2005)において想起されやすかった昆虫「ハチ・ダンゴムシ・イモムシ・チョウ・カブトムシ・バッタ・ゴキブリ・セミ・ガ」についてそれぞれA:(比較的)好ましく思う,B:(比較的)いやだと思う,C:どちらでもない,のどのイメージ群に当てはまるか解答を求めた。なお,統制のためにそれぞれスライドショーで該当する昆虫の画像を提示した。その後,金山・山本(2003)の嫌悪対象者に対する感情の尺度のうち4因子を応用し,昆虫に対する嫌悪感情の尺度を作成,各群について回答を求めた。質問項目は全20項目×3群であり,6件法である。結果と考察 昆虫へのイメージ 各昆虫に対するイメージ群の選択率をFigure 1に示す。χ2検定で選択率を比較した結果,好ましく思う群にはチョウ・カブトムシ・バッタが,いやだと思う群にはハチ・イモムシ・ゴキブリ・ガが選択される傾向にあることがわかった(p<.05)。この結果は日高(2005)の結果を概ね支持し,嫌悪対象となる昆虫とそうでない昆虫とは区分されていることが示唆された。今後昆虫の持つどのような属性が感情に影響を及ぼしているのか調査する必要があると考える。 昆虫に対する嫌悪感情の構成 昆虫に対する嫌悪感情の尺度20項目の3群それぞれ主因子法・Promax回転による探索的因子分析を行った。その際に全群において信頼性係数を低下させていた1項目を分析から除外した。金山・山本(2003)との比較のために,いやだと思う群について取り上げたところ,4因子構造が妥当と判断され下位項目の特徴から各因子を命名した。それぞれの因子名・下位項目・α係数をTable 1に示す。 今回の調査で得られた因子構造のうち「恐怖感情」「無関心」は金山・山本(2003)の尺度と一致したものの,新たに「不快感情」「敵意感情」の因子が抽出された。このことから,嫌いな他者といやだと思う昆虫とで抱く嫌悪感情は概ね似通っており,昆虫に対しては不快と嫌悪が別の感情であることがわかった。 また,嫌悪感情4因子の各尺度得点について,好ましさによる平均値の比較を分散分析によって行った。結果,無関心以外の3因子において好ましさの程度によって差が見られ(不快感情:F(2, 100)=66.68, p<.01; 恐怖感情:F(2,100)=55.89, p<.01; 無関心:F(2,100)=0.39; 敵意感情F(2,50)=12.66, p<.01),いやだと思う群が他の2群と比べて該当する3因子すべてで有意に得点が高かった。こしたことから,いやだと思う昆虫に対する不快や恐怖,敵意といった感情は他の昆虫と比べて強いものであることが示唆された。