著者
落合 邦康 今井 健一 落合(栗田) 智子
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.111-120, 2014 (Released:2014-07-31)
参考文献数
30

全ての腸内フローラ構成細菌と食物は,口腔を経由して腸管に至り,複雑な腸内フローラが形成される.腸管の生理作用と恒常性維持における腸内フローラの有益性,そして,食物繊維やオリゴ糖の生理作用の本体が短鎖脂肪酸(SCFA)であることは広く知られている.一方,慢性炎症性疾患・歯周病は,糖尿病や動脈硬化などさまざまな全身疾患の誘因となることがさまざまな分野で報告され,口腔と全身疾患との関わりが広く注目されている.歯周病の主要原因菌である一群の口腔嫌気性グラム陰性菌は,大量のSCFA,特に酪酸を産生する.口腔において高濃度の酪酸は,歯周組織にさまざまな為害作用を及ぼすと同時に,口腔環境維持に重要なレンサ球菌群の発育を阻害し,デンタルプラーク蓄積を仲介するActinomyces属の増殖を促進するため,病原性プラークへの遷移が促進される.また,酪酸は,そのエピジェネティック制御作用により,潜伏感染状態にあるヒト免疫不全ウイルスやEpstein-Barrウイルスを再活性化し,AIDSや種々の腫瘍発症に関与すると共に,がん細胞の転移にも関与する可能性が示唆される.細菌の代謝産物・酪酸は,口腔と腸管ではなぜ異なった作用を示すのか,共生細菌と宿主(組織)間の相互作用を理解する上からも興味深い.内因性感染症や共生細菌研究において,菌体が宿主に及ぼす直接的影響の研究と共に,新たな視点から,SCFAなどさまざまな代謝産物の影響を検討することも極めて有意義と考える.さらに,粘膜免疫の帰巣循環システムの視点から,腸内フローラと腸管粘膜経由による口腔・歯周組織免疫応答の維持,改善に関わる研究も期待できる.
著者
落合 邦康 落合(栗田) 智子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.2, pp.81-87, 2014 (Released:2014-08-10)
参考文献数
19

慢性炎症性疾患・歯周病は,中高年の約80%以上が罹患している国民病で,糖尿病,動脈硬化,脳血管障害などの全身疾患の誘因となることが報告されている.歯周病の原因である歯肉溝内のデンタルプラークでは,下部消化管に匹敵する高濃度の短鎖脂肪酸(SCFA)が産生されている.口腔粘膜直下には多数のリンパ球が存在し,腸管同様,共生細菌と宿主との間で進入と排除が繰り返されており,宿主の生体防御能を理解する上で有力な器官といえる.新たな視点から歯周病と全身疾患との関連性を検討する目的で,歯周病原菌代謝産物が歯周組織や病原性発現における微生物間の影響を報告してきた.一連のSCFA 研究から,高濃度の酪酸は,口腔環境維持に重要な口腔内レンサ球菌の発育を阻害し,病原性プラークへの遷移を誘導する.また,T細胞などの免疫担当細胞に顕著にアポトーシスを誘導し,局所免疫応答に変調を起こす.酪酸のエピジェネティック制御作用により潜伏感染HIV の転写が促進され,AIDS を発症する可能性が示唆さ れる.成人の大部分が罹患し,リンパ腫や上咽頭がんなどの原因となるEpstein-Barr ウイルスは,歯周病巣からも高率に検出され,酪酸により再活性化した.さらに,病変部から持続的に供給される酪酸によりがん細胞転移促進や酸化ストレス誘導によるaging process に関与する可能性も考えられる.膨大な腸内細菌研究は,SCFA が生体に有益な物質であることを示している.しかし,口腔のSCFA 研究により,高濃度酪酸は,生体に種々の為害作用を及ぼすばかりでなく,内因感染発症にも関与している可能性が示唆された.歯周病の病変部位は,細菌や各種炎症物質のreservoir として全身にさまざまな影響を与えているものと考えられる.細菌叢のメタゲノム解析と併せ, 新たな視点からSCFA などの代謝産物を検討することは極めて重要と考える.