著者
藤澤 有
出版者
三重大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1984

基質のわずかな構造の変化により生成物の光学収率,絶対配置が変動するパン酵母還元の基質特異性の問題を基質であるケトンに硫黄官能基を導入することにより解決して高光学純度の光学活性一級アルコールを合成する手法を確立し、更に硫黄官能基の多彩な反応性を利用して還元生成物をキラルシントンとして活用し、種々の光学活性天然有機化合物の効率的合成法を開発することができた。β-ケトエステルのα位にスルフェニル基を導入するとパン酵母還元より光学的に純粋なS体のβ-ヒドロキシエステルのみが得られる。又、エステル部分に硫黄原子を有するα-置換β-ケトジチオエステルの還元はジアステレオ選択的に進行し、シン体のβ-ヒドロキシジチオエステルを与え、これはマツハバチの性フェロモンである(1S,3S,7S)-3-アセトキシ-3,7-ジメチルペンタデカンの合成に応用できる。3-フェニルチオ-1-ヒドロキシ-2-プロパノンの還元生成物であるジオールから誘導できる(S)-グリシジルスルフィドは各種の光学活性二級アルコールの有用なキラルシントンであり、スズメバチの女王物質である5-ヘキサデカノリドの両対掌体,L-ロジノースやD-アミセトースなどのデオキシ糖へ容易に変換できる。α-ケト-1,3-ジチアンは高い不斉収率で還元されて(S)-α-ヒドロキシジアチンを与え、これは放線菌より単離された(4S,5S)および(4S,5R)-5-ヒドロキシ-4-デカノリドへ誘導できる。パン酵母は種々の含硫黄1,2-および1,3-ジケトン類のジアステレオおよびエナンチオ選択的にも有効であり対応する(S,S)-1,2-および1,3-ジオールを与える。これらはL-ジギトキソース,黄アゲハ蝶への摂食阻害物質である(4R,5S)-5-ヒドロキシ-2-ヘキセ-4-オリドや抗生物質ノナクチンの合成に用いられる。さらにパン酵母は含硫黄プレニル誘導体の炭素-炭素二重結合をも不斉還元でき、種々の光学活性テルペン合成に有用な飽和イソプレン誘導体を与える。