著者
蛯名 岳志 永嶋 高大 西村 由香
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0979, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】座位は,立ち上がり動作の準備段階として捉えることができ,座位姿勢の状態を把握することは立ち上がり動作を分析する上で重要である。立ち上がり動作は椅子の高さ,肘掛けの有無など周囲の環境に影響を受け,環境設定によっては動作遂行者に掛かる負荷が変化しうる。即ち,環境設定によって立ち上がり動作の遂行を容易くすることや難易度を調節することができると言える。また,立ち上がり動作における骨盤の前傾は第1相で重心を前方に移動させる際に重要な役割を担っているとされている。そこで本研究の目的は,環境設定によって座位での骨盤の前傾を促せるかどうかを明らかにすることとした。【方法】対象は健常成人20名(男子10名,女子10名,年齢21.6±0.6歳,身長165.5±8.6cm)とした。座面高を3条件,座面奥行きを2条件とし,それぞれの組み合わせで骨盤傾斜角度の測定を行った。対象者のうち8名に対しては下肢荷重量の測定も行った。座面高は下腿長,下腿長+5cm,下腿長+10cmの3条件,座面奥行きは大腿長1/2が座面端上にくる条件(以下,座面奥行きが広い条件)と大転子が座面端上にくる条件(以下,座面奥行きが狭い条件)の2つとし,測定は座面高が下腿長,下腿長+5cm,下腿長+10cmの順に,座面奥行きはランダムとし,座位姿勢は,左右足部を肩幅程度に離してもらい,足関節は底背屈0°,上肢は胸部前方で組みリラックスして座るよう指示した。骨盤傾斜角度の測定方法は,上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだ線と水平線のなす角とした。触知にてランドマークの確認を行い,右側からビデオカメラで撮影後,画像解析ソフトImage Jを用いて算出した。測定は3回行い,後傾方向を正の値,前傾方向を負の値とし,平均値を算出した。対象者の8名に対しては,同時に体重計を足底へ設置し,同条件下での下肢荷重量を測定した。荷重量は体重で除し,補正した。座位における座面高と座面奥行きの条件による骨盤傾斜角度と下肢荷重量を比較し,両者の相関関係をみた。分析は,座面奥行きによる差に対しては対応のあるt検定,座面高による差に対しては反復測定の一元配置分散分析として,繰り返しのない二元配置分散分析を行い,多重比較法はTukey-Kramer法を用いた。危険率は5%未満とした。相関関係はピアソンの相関係数の検定を用いた。【結果】骨盤傾斜角度は,座面奥行きの広い条件では,どの座面高でも有意差を認めなかった(下腿長:12.4°±8.3°,下腿長+5cm:11.6°±8.1°,下腿長+10cm:12.9°±7.6°)。座面奥行きの狭い条件では,下腿長(17.7°±6.8°)と下腿長+5cm(14.9°±6.7°),下腿長+10cm(12.8°±7.6°)との間でそれぞれ有意差を認め(p<0.01),座面の高い方が骨盤が前傾していた。また,座面高が下腿長,下腿長+5cmでは,座面奥行きによって骨盤傾斜角度に有意差があった(p<0.05)。下肢荷重量は,座面奥行きが広い条件で下腿長(21.5%±1.7%)と下腿長+5cm(18.8%±3.2%),下腿長+10cm(12.5%±2.7%)との間に,下腿長+5cmと下腿長+10cmとの間に有意差を認め(p<0.05),座面の高い方が荷重量は少なかった。座面奥行きの狭い条件では,下腿長(24.4%±3.9%)と下腿長+10cm(25.6%±3.4%)との間に有意差を認めたが,下腿長+5cm(24.6%±3.1%)は他との有意差がなかった。骨盤傾斜角度と下肢荷重量の相関関係について,座面奥行きが広い条件では相関関係が認められず(r=-0.149,p=0.488),座面奥行きの狭い条件では負の相関が認められた(r=-0.441,p=0.031)。【考察】座面奥行きの狭い条件では,座面を高くすると骨盤の前傾を促すことができ,下肢荷重量が多くなることが分かった。座面奥行きの狭い条件で座面を高くすることは,自身での骨盤前傾動作が困難な方の骨盤前傾を促し立ち上がり動作を簡易的にすること,運動療法時の立ち上がり動作の段階的な負荷量決定の指標になる可能性が示唆された。また,日常生活において立ち上がり動作が困難な方の身体状況に合わせた高さの椅子や昇降式ベッドを導入することで,活動性の拡大につながると考える。座面奥行きの広い条件では下肢荷重量は少なかったが,奥行きの狭い条件よりも骨盤が前傾していたことから,随意的な骨盤前後傾運動を行う際には有用な環境である可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】座面高,座面奥行きによる環境を含めた設定によって座位骨盤傾斜角度の調節が可能であることが示唆された。運動療法や日常生活の環境設定の一助となる。