著者
西中 崇 中本 賀寿夫 徳山 尚吾
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.2, pp.79-83, 2017 (Released:2017-02-01)
参考文献数
30

幼少期に受ける精神的・身体的なストレスは,成熟期において精神疾患を含む様々な疾患の発症や重症度と強く関連する.この原因として,幼少期ストレスによる内分泌系の調節異常や神経系の機能・構造的変化を介したストレス応答性の変化,すなわちストレス脆弱性が関与することが示唆される.神経障害性疼痛のような慢性疼痛では,痛みの認知や情動に関わる脳神経系の機能変化が認められる.つまり,神経障害などの器質的異常だけでなく,精神的,心理的,社会的な要因が複雑に関与し,慢性疼痛の病態を形成している可能性が考えられる.このような痛みの慢性化に影響する精神的・社会的な要因の一つに幼少期の養育環境が挙げられる.実際に,幼少期の劣悪な養育環境によって,成人期における慢性疼痛の発症リスクが増加することが報告されており,幼少期に受けるストレスは脳内の疼痛制御機構に悪影響を及ぼすことが示唆される.しかしながら,幼少期ストレスと成熟期における慢性疼痛との関係性については明らかにされていない.最近我々は,幼少期ストレスによる慢性疼痛に対する影響を解析するための動物モデルを確立した.幼少期のストレス負荷は,成熟期における神経障害後の痛覚過敏や情動障害の増悪を引き起こす.さらに,幼少期ストレスは疼痛や情動の調節に関わる脳領域において,神経の活性化や可塑的変化の指標となるphosphorylated extracellular signal-regulated kinase(p-ERK)発現を増加させた.これらの知見は,幼少期による脳神経系の機能変化が,慢性疼痛の増悪に関与することを示唆する.本総説では,幼少期ストレスによる成熟期における脳神経系の機能変化と慢性疼痛の関係について紹介する.