著者
西口 順子 岡 佳子 牧野 宏子
出版者
相愛大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

現在、関西に12ヶ寺の尼門跡とよばれる尼寺が存在する。尼門跡の称号が正式に許可されたのは昭和16年以後のことで、これらは中・近世には比丘尼御所と称された。近年、中世史の分野において、比丘尼御所研究は著しく進展している。しかし、近世の比丘尼御所研究はほとんどなされてこなかった。それは尼門跡寺院の文書調査が全く手つかずの状態であったからである。本研究では、尼門跡寺院のうち京都の宝鏡寺・養林庵・光照院・霊鑑寺・慈受院、奈良の中宮寺が所蔵する近世・近代文書の調査を実施し、研究の基礎となる文書目録を作成するとともに、比丘尼御所の歴史的変遷と生活文化の多様性を明らかにすることを試みた。各寺院には江戸時代中期以後の多量の文書が存在する。近世の比丘尼御所には皇女・公家の女性が入寺し、彼女ら自身の手による多くの文書が残された。そこから、尼僧たちは自らが寺院経営を行い、寺格の高めるために政治的に動き、積極的に帰依層を拡げていった状況が明らかになった。従来の研究では比丘尼御所は高貴の女性が幼少より入寺する閉鎖的な空間と考えられてきたが、実際は女性達が尼僧として積極的に社会と関わりをもったことが明確になったのである。この側面は文書調査によってしか明確にしえない点であった。さらに尼僧が行った仏事法会や儀式の次第書、和歌や典籍などの国文学資料、美術工芸資料など、宮廷と寺院が一体となった独特の比丘尼御所の生活文化を明らかにした。また、予想以上多量の近代文書が残り、明治政府の宗教政策のもとでの皇室系寺院の歴史的変遷をあつづけることもできた。もっとも各寺院の所蔵する文書は厖大な量であったために、予備調査のみや、調査継続中の寺院などが残り、それらが今後の課題として残っている。
著者
岡 佳子 岡村 喜史 岸本 香織 西口 順子 杣田 善雄
出版者
大手前大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究は、日本の宗教とジェンダーを考えるうえで重要な尼門跡文書の分析を通じて、近世社会における尼僧と尼寺の役割を明らかにすることを目的に、(1)慈受院門跡所蔵の「総持院触留」の研究、(2)尼僧を中心とした女性ネットワークの研究(3)比丘尼御所、霊鑑寺門跡の工芸品の調査、以上の3点から研究活動を行った。4ヶ年の期間内に33回の尼寺研究会を開催し、元禄11年~享保21年までの「総持院触留」28冊を講読し、6回の霊鑑寺工芸品調査を実施して人形約170件・染織品約70件・陶磁器約100件の調査データを得ることができた。その成果を纏め、2013年3月に、研究論文6、「総持院触留史料集」を収載した研究報告書を刊行した。本研究によって尼寺を背負う立場にある尼僧たちが積極的に社会に関わっていく姿が明確になった。