著者
西村 佳奈子
雑誌
崇城大学芸術学部研究紀要 (ISSN:18839568)
巻号頁・発行日
no.9, pp.193-203, 2016

我が国における陶を用いた造形は、古代の呪術や地母神信仰用の土偶に端を発し、続いて古墳時代における葬送儀礼用の生き物や器財を象った埴輪や、中世の信仰主題の狛犬等を経て、近世では仏教主題の陶作品や、香炉や置物へと展開、発展していった。さらに、近代における西洋の美術教育制度や美術・芸術の諸概念、諸技法の導入によるあらゆる面での急速な革新、展開期を経て、現代では窯芸家が陶土を用いて立体の具象作品やオブジェを制作したり、彫刻家が、作品の素材として陶土を用いたりすることは珍しいことではなくなった。つまり、陶工と呼ばれる職人だけでなく、芸術家がジャンルを超えて表現の1素材として陶土を使用するようになったと言える。それは、生き物の生と死の還元を象徴する「土」を用いて作品を制作するという行為や、人間の技術だけでなく、「火」という自然の要素が加わることによって作品が完成される過程に意義を見出しているからである。そして現在、陶土の特性や特質が活かされた優れた立体作品は数多く存在し、日々生み出されてもいる。また、そうした状況と併行して、現在の日本の窯芸界や美術界では、陶土を素材として制作された彫刻作品やオブジェを指す言葉として、「陶彫」という用語を当てることが一般化していると言える。筆者は、彫刻制作者として陶彫制作を幾度か経験する中で、素焼きされた陶土が呈する茜色や紅樺色、炭化した煤色等の多様な色調や、施釉された作品のガラス質の表面がもつ独特の柔らかな肌合いに魅了された。また、それと同時に、窯芸技法や素材に関する深い知識なしには、自身の完成予想像に近づけるのが困難であることにも、逆に醍醐味を感じた。そして、現代作家の陶彫や陶土を素材としたインスタレーション作品を数多く観る中で、作品の素材としての陶土の可能性は極めて大きいと確信するようになった。以上のような自身の経験から、筆者は「陶彫」に興味を覚え、長い歴史的展開を見せた「陶」が、「窯芸」において、呪術や信仰、葬礼、茶道、装飾といった目的から離れて純粋に作品の素材として使用され始める時期や、その転換が何に起因しているのかについて、また、「陶彫」という用語がいつ誰によって使用され始めたのかについて次第に疑問を持つようになった。しかし、それらの問題は未解明であるどころか、「陶彫」に関する研究自体が皆無に近いことが分かった。そこで筆者は、本論文において、以下の構成に従って、未解明の「陶彫」の創始者が誰であり、何故、またいつ陶彫が創始されたのかを解明するとともに、現在幅広く使用されている「陶彫」という用語の定義を試み、さらに開始期から現在に至るまでの展開を寺内と沼田の弟子や孫弟子、日本陶彫会会員の作品の概観を中心に跡付けることで、今後の彫刻制作者、研究者として筆者がとるべき方向性を見極めることにした。