著者
諸隈 夕子
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.163, pp.111-138, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
34

本稿では,アヤクーチョ方言の-sqaまたは-naによって作られる体言化従属節の中で起きる示差的目的語標示(differential object marking: DOM)を記述・分析する。アヤクーチョ方言では,体言化従属節内の目的語の標示パターンに-taと-øの2通りが見られる。本稿では,聞き取り調査の結果に基づき,-taによる標示が,対比的焦点および意外性という情報構造上の概念に動機づけられると主張する。このようなアヤクーチョ方言のDOMは,DOMの類型論および情報構造の理論において次の3点を示唆する。①DOMは多くの言語で報告されてきた有生性,定性・特定性,主題性以外に,対比的焦点や意外性にも動機づけられることがある。②従来情報構造の標示が見られないとされてきた従属節内でも,対比的焦点や意外性といった情報構造上の概念が標示され得る。③情報構造における対比性の有無は,明確に言語形式に反映され得る。