著者
豊田 唯
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度は、平成23~24年度の2年にわたる課題研究期間の後半にあたる。その研究課題は、バロック期スペインの宗教画家ファン・デ・バルデス・レアル作のヴァニタス画《束の間の命》と《この世の栄光の終わり》について、その複雑な図像の解釈を試みることにあった。この大型の対作品は1672年にサンタ・カリダード聖堂(セビーリャ)の内部装飾の一環として描かれ、現在でも当初のままに、入口付近の南北両壁に相対して掛けられている。これらのバルデス・レアル作品の図像解釈は先行研究でも断続的に試みられてきたものの、一部の暗示的モティーフについては、いまだ統一的な見解に至っていない。それに対して報告者は、画中の謎めくモティーフ三つについて、対抗宗教改革期スペインの神学や美術の情勢を手がかりに解読を試みた。そしてそれらの分析をもとに、カリダード聖堂のヴァニタス画が「死」や「審判」の教理を一般論として掲げるに止まらず、観者一人ひとりに対し、自己の死を省察するように促していた可能性を新たに指摘した。一方で報告者の推測によれば、観者を自己省察へと導くための工夫は2点のバルデス・レアル作品のみならず、堂内のバルトロメ・エステバン・ムリーリョ作の聖人画2点、そして最奥の主祭壇衝立へと継承されている。聖堂入口の対作品に端を発した「死の自己省察」は、祭壇衝立内の群像彫刻《キリストの埋葬》や《慈愛》像においていかに帰結したのであろうか。報告者は、最後に2点のヴァニタス画を聖堂装飾プログラムの枠内に戻すことで、バルデス・レアル作品の「死の勝利」から主祭壇衝立の「慈愛の勝利」へと繰り広げられたダイナミックな宗教的メッセージの解読を試みた。なお、以上の研究成果は美術史学会の会誌『美術史』(第174号)への投稿論文「バルデス・レアルの二大ヴァニタス画-死の勝利から慈愛の勝利へ-」として現在、査読を受けている。