著者
趙 暁燕
出版者
山口大学大学院東アジア研究科
雑誌
東アジア研究 (ISSN:13479415)
巻号頁・発行日
no.13, pp.157-171, 2015-03

明石姫君という人物は,光源氏が流謫生活を送っていた頃に,明石の浦で受領の娘である明石の君との間で儲けた女君である. 帰京して,政界復帰を果たした光源氏は,辺境での出生,及び地方官の娘腹という明石姫君の出自を「口惜し」と思っている. 本稿で注目するのは,その姫君の出産から袴着までに至る人生儀礼の諸相を語る物語の文脈において,光源氏の姫君に対する「口惜し」という表現が頻出する点である. また,本稿では姫君の裳着という儀礼についても考察を展開する. 特に,裳着において重要な役割を果たす腰結役に着目し,その「腰結役」に込められた象徴的な意味を検討してゆく. 光源氏によって領導される姫君の人生儀礼とは,明石姫君の身に存在する「口惜し」き要素を段階的に取り除く営みとして捉えることができる. 実際に物語では,袴着以降,明石姫君に関して「口惜し」という表現が消失することになっている. そして,袴着の次の段階の人生儀礼,即ち成人儀礼となる裳着において,明石姫君の運命が決定的に変更される契機を迎える. 本稿で注目するのはその裳着における腰結役である. これは,男子の元服における加冠役と同じく,儀礼にとって重要な存在となる. 通常,腰結役は男性が務めるものであるが,明石姫君の裳着については,女性が腰結役であるという点において,留意すべき事例であると考えられる. 女性が「腰結役」を務めることによって生み出されてくる意味とは何か. 本稿では,この「腰結役」となる秋好中宮をめぐって,史料を参照しつつ,物語内部の論理としてそれを考察する. 加えて,秋好中宮の斎宮という経歴にも着目し,その神話的イメージをも探ることになる.