著者
近藤 英俊
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.269-288, 2002-12-30

西欧医療の近代化は、強力な医師会の設立と国家への介入、国家による医療規制と資格化、そして他の医療の排除と市場の独占、すなわち専門職化(professionalization)という職業集団の戦略に負うところが大きい。ところが現在世界各地では伝統医療従事者による専門職化が進められている。このことは伝統医療が西欧医療と同じような近代化を経験しつつあることを意味するのだろうか。本稿はナイジェリア・カドゥナ市における伝統医療の専門職化に焦点を当て、その動向を吟味する。カドゥナの伝統医療の専門職化は1970年代末にナイジェリアのメトロポリスであるラゴスの伝統医師会の指導のもとに始まり、当初はリーダーのカリスマ性も手伝って順調に組織化が行われた。しかしその後伝統医師会はリーダーシップを狙う野心的な伝統医によって派閥化、さらに会員認定証をめぐる不正行為のせいで事実上機能を停止する。すなわち伝統医師会の歴史は伝統医のあいだの不信感、グループの離散集合、そして組織の暫定性に彩られている。また確かに伝統医は会員認定証を所持し、「伝統医」や「ハーバリスト」といった呼称を使うようになっているが、彼らはそれらを政治的経済的関心にもとづいて様々に流用している。つまり医療知識の基準化や、アイデンティティーの統合・単一化が起こっているわけではない。この専門職化に見られる諸特徴はカドゥナ伝統医療の全般的な変化の一端を示している。その変化とは治療者が自らを規定する社会条件を再帰的に変革していくような近代化の過程ではなく、むしろそれとは対極的な変化、治療者がその実践・活動を複数化、断片化、流動化していく過程である。いいかえればここでは伝統医が反省的な専門家(expert)ではなく、状況に応じて複数の文化を渡り歩く起業家(entrepreneur)となりつつあるように思われる。