- 著者
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那須 久代
秋田 恵一
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.AbPI1095, 2011 (Released:2011-05-26)
【目的】 Eisler(1912)は,前鋸筋を上部,中部,下部の3部に区分している。またGreggら(1979)は,前鋸筋の機能について,上部は肩甲骨回旋中心の形成に,中部は肩甲骨外転に,下部は肩甲骨上方回旋に作用すると述べている。本研究の目的は,前鋸筋各部における形態とその神経支配の特徴を解析し,前鋸筋を機能解剖学的に理解することにある。【方法】 本研究には東京医科歯科大学解剖実習体5体10側を用いた。解剖実習体は8%のホルマリンで固定され,50%エタノールにて保存されていた。前鋸筋各部における筋束の重なりを明らかにしたのち,本筋を支配する神経を調査し,さらにそれらの神経の筋内における分布を解析した。【説明と同意】 本研究に用いられた解剖実習体は,東京医科歯科大学献体の会の方々の生前の同意により献体された。【結果】 筋束の重なり:前鋸筋は,全例において3部に明確に分けられた。上部は複数の筋束が集合して,他部に比べて厚い筋束をなし,肩甲骨上角に停止していた。中部の筋束はほとんど重なり合わずにほぼ水平に走行して肩甲骨内側縁に停止していた。下部は2~4つの筋束が1つのシートを形成し,より下位の筋束ほど腹側に位置し,肩甲骨下角に停止していた。また下部の中でも最下の筋束は,肩甲骨下角の内側に回り込み,ときとして菱形筋に連続しているものも観察された。 前鋸筋の支配神経:前鋸筋の中部ならびに下部は,主にC5,6,7の分節から成る長胸神経の本幹からの枝によって外側面から支配されていた。前鋸筋の上部には,長胸神経からの枝に加えて,C4,5に起始した菱形筋枝からの分枝や,長胸神経の本幹とはかなり近位で分かれた独立枝も複数関与していた。これらの前鋸筋への神経の根は,ときとして中斜角筋を貫いているのが観察された。中部に分布する神経は,筋内に進入したのち,停止側へと広がっていた。一方,下部に分布する神経は,筋束の中央付近で筋内に進入し,起始と停止の両方向に向かって広がっていた。調査した10側中7側において,前鋸筋への肋間神経からの枝の分布を認めた。これには第4~9肋間神経外肋間筋枝からの単独または複数の枝が関与していた。【考察】 本研究の結果,形態学的にも,上部,中部,下部にはそれぞれの特徴があることが明らかとなった。上部は中部・下部とは異なり,菱形筋枝からの分枝や,長胸神経の本幹とは独立した枝が分布した。これらの枝が中斜角筋を貫く場合があることから,中斜角筋のスパズムによる前鋸筋への影響が示唆される。中部は,筋束の走行方向から純粋に肩甲骨を外転する部位であるといえる。下部は,筋束が肩甲骨下角の内側にまで至ることから肩甲骨上方回旋への関与が大きいことが推測される。また,神経支配のパターンが上・中・下部でそれぞれ違うことから,神経損傷による前鋸筋の機能障害を論ずるときには各部の機能を分けて理解しておく必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 前鋸筋は,これまで一様な筋として捉えられることが多かったが,今回の調査により,各部によって筋束の重なりや走行,神経支配のパターンが異なることが明らかとなった。このことから,前鋸筋の機能を考えるときには部位ごとに分けて検討する必要があることが示唆された。