著者
酒谷 雄峰
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.10, pp.709-713, 2019-10-05 (Released:2020-03-10)
参考文献数
12

超弦理論は重力を含んだ素粒子の統一理論の有力候補であると考えられている.この理論では,物質を構成する素粒子は,大きさを持たない点ではなく,実は観測できないほど短い弦であると考える.素粒子が弦で構成されていると仮定すると,点の場合とは異なった不思議な現象が起こる.それに伴って,従来の重力理論である一般相対論とその基礎であるリーマン幾何学は,超弦理論の性質を取り入れたものに修正される必要があると考えられる.近年,超弦理論におけるT双対性と呼ばれる対称性に基づいた新たな幾何学が発展し,それを応用した重力理論の研究が進展している.超弦理論は10次元時空において定義されており,現実的な4次元の時空を導出するには,10次元のうち6次元は現在の観測にかからない程小さくする必要がある.このように時空の一部を小さくすることをコンパクト化と呼ぶ.例えば,6次元空間を平坦な空間とし,座標xをx ~ x+2πRのように周期的に同一視するコンパクト化の方法がある.これはトーラスコンパクト化と呼ばれ,Rをトーラスの半径と呼ぶ.実は,超弦理論においてトーラスコンパクト化を行うと,T双対性と呼ばれる弦理論に特有の対称性が現れる.弦理論に特有の長さスケールをlsとするとき,これは,半径がRのトーラスでコンパクト化された超弦理論と,半径がls2/Rのトーラスでコンパクト化された超弦理論が等価であるという対称性である.T双対性は,弦が半径Rのトーラスと半径ls2/Rのトーラスを“区別できない”ことを示唆しており,例えばTフォルドと呼ばれる異なる半径の2つのトーラスを貼り合わせた空間(右図)上も,弦は何ら特異性を感じず運動できると考えられる.しかし,Tフォルド上では,空間を一周まわると空間の大きさ・曲率が突然変わってしまうため,通常のリーマン幾何学ではTフォルドを大域的に記述できない.Tフォルドのような不思議な空間を記述するには,超弦理論に特有の対称性であるT双対性を尊重した幾何学・重力理論が必要になる.近年,閉弦の場の理論を用いた議論から,T双対性に基づく超重力理論としてDouble Field Theory(DFT)が提案された.DFTでは,T双対性を明白にするため,トーラス上の通常の座標x mに双対座標x(˜)mを加えた「一般化座標」を導入し,それらの座標を持つ2倍の次元を持つトーラス(ダブル空間)における重力理論を考える.ダブル空間上では一般座標変換の定義が通常のものから修正されており,共変微分や曲率テンソルの定義も通常のリーマン幾何学のものとは異なる.そして,この新たな幾何学量を用いれば,一見特異に見えるTフォルドの貼り合わせ部分も,実は滑らかにつながっていることがわかる.さらに,DFTの作用はT双対性が明白になっているため,T双対性変換の下で互いに関係づくIIA型超重力理論とIIB型超重力理論を,統一的に記述できることもわかった.最近,DFTの様々な応用が研究されている.特に,超弦理論の対称性を用いることで超重力理論の解を生成する手法が近年急速に進展しているが,その研究の中で「一般化された超重力理論」と呼ばれる変形された超重力理論が提案された.実は,この一般化された超重力理論もDFTから導出できることがわかり,これに基づいた議論から,従来は超弦理論が整合的に定義できないと考えられていた新たなクラスの時空においても超弦理論を定義できる可能性が示唆されている.さらに,従来から研究されている超重力理論の解の生成手法についても,これまでにDFTで開発された様々な手法を応用することで,より一般的かつ明確に議論できるようになっている.今後も,DFTのアイデアをより発展させることで,超弦理論のさらなる進展につなげられると期待している.