著者
森山 翔文 野坂 朋生
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.1, pp.34-39, 2019-01-05 (Released:2019-07-10)
参考文献数
13

微視的な世界を探索する素粒子物理学において,最終理論は存在するのだろうか.ここで,最終理論とは,自然界に存在するありとあらゆる相互作用を,高エネルギー領域を含めて正確に記述する理論を指す.原子を単位とする元素表が,陽子や中性子を単位として修正され,さらに,クォークやレプトンを単位にする素粒子標準模型に到達した.そのような素粒子物理学の歴史にいつか終止符が打たれるのだろうか.歴史的に見ても,感情に訴えても,そのような夢物語はすぐには受け入れがたい.しかし,素粒子物理学の現状には最終理論の形跡がある.ゲージ群による統一を見ても,超対称性による統一を見ても,統一のプロセスが際限なく継続されるものではなく,どこかで打止めになる構造を持つ.最終理論が存在するかという崇高な疑問よりも,現時点でより生産的な疑問はおそらく,打止めの構造があればそれを実現する理論は何か,という問いであろう.約30年前に人類が到達した暫定的な答えは,超対称性を持つ弦理論(超弦理論)である.超弦理論が最終理論だとすれば,それは一意的であることが望ましい.10次元時空において無矛盾な超弦理論は,摂動論的な解析から5種類存在することがわかっていたが,これらはさらに11次元時空上に存在すると仮定されるM理論を巻き込んで,双対性を通じて互いに等価であることがわかってきた.超弦理論の発展とともに,超対称性を持つ重力理論(超重力理論)が構築できる最大時空は11次元であることがわかり,M理論の設定と明快に整合する.M理論の低エネルギー有効理論が11次元超重力理論であると仮定すると,超重力理論から,M理論にはM2膜とM5膜が存在することがわかる.超弦理論で知られていた弦や様々なDブレーンは次元還元により再現される.これらの進展を経て,最大時空次元を持つM理論こそが最終理論だと考えられている.しかし,このM理論は超重力理論を通じて得られる知見以外,謎に包まれている.超重力理論の解析から,N枚のM2膜やM5膜の上の場の理論はそれぞれN 3/ 2やN 3に比例する自由度を持つことがわかるが,これらの場の理論が具体的に何であるかは知られていなかった.特に,超弦理論のDブレーンを記述する,N 2の自由度を持つ“行列”の場の理論と比べると,M理論の不思議さが際立つ.長い探索の末,近年,M2膜を記述する場の理論は超対称チャーン・サイモンズ理論であることが発見された.この理論の自由エネルギーはN 3/ 2に比例し,超重力理論の予言を再現する.高い見地に立つと,N 3/ 2の自由エネルギーを持つ一連の理論を系統的に研究することにより,M理論の地図が解明されていくであろう.高い超対称性のため,これらの理論における経路積分は行列模型に帰着する.最近の著者らの研究において,M2膜の行列模型が詳しく調べられた.二重展開となる非摂動項の展開係数は無数の発散点を持つが,格子状に完全に相殺されている.これは,弦理論の非摂動論的な効果の発見後に唱えられてきた教義「弦理論は弦のみの理論ではない.様々な膜まで含めて初めて無矛盾である.」を実現していると解釈できる.さらに研究が進展して,この行列模型は,位相的弦理論,曲線の量子化,可積分非線形微分(差分)方程式と同様の構造を持つことがわかった.これらを指針に,M理論の地図が解明されつつある.