著者
野瀬 友裕 横田 裕丈 吉岡 慶
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.A4P2047, 2010

【目的】<BR>足底部の特に母趾はメカノレセプターの分布が豊富であるとされ,体性感覚情報の収集源として重要とされている.足底部からの感覚情報を増加させることで,動的外乱刺激に対して立位姿勢の安定性が増加するといわれている.今回,母趾足底部のメカノレセプターの賦活を目的に触圧刺激を入力し,身体の前方移動距離をFunctional Reach Test(以下,FRT)を用いて検証したので報告する.<BR>【方法】<BR>対象は整形外科的,神経学的疾患の既往のない健常者40名.その内訳は介入群(以下,A群)20名,平均年齢20.8±1.0歳,平均身長168.5±8.8cm.運動学習効果を考慮した非介入群(以下,B群)20名,平均年齢20.4±1.1歳,平均身長167.3±8.7cmである.介入方法は,被検者を背臥位として,左下肢から順に,左右の母趾足底部へ検者の母指腹にて皮膚変異が起こる様に擦り上げ,触圧刺激を1回/秒の頻度で30回ずつ入力した.FRTは試技を2回行った後,休憩を入れずに3回測定し,介入を行った直後に3回測定した.B群には端座位での休憩時間を60秒間設けた.FRTの開始肢位は,裸足で両下肢を肩幅に開き(開扇角は任意),ホワイトボードに体側を向けて立ち,右肩関節90°屈曲位,前腕90°回内位,手指を完全伸展位とした.マグネットにて1mの物差しを被検者の肩峰の高さに固定し,第3指尖位置を読み取った後,合図にてリーチ動作を開始し,最大到達地点を3秒間保持させ,その位置を読み取るまでを1施行とした.また,開始肢位の統一,体幹の回旋を含んでよいこと,踵離地しないこと,目線は手尖とすることを口頭指示して行った.それぞれの試行の最高値を身長で除した値をFRT値として比較を行い,統計処理には対応のあるt検定を用い,有意水準は1%未満とした.<BR>【説明と同意】<BR>被検者全員に対して,実験前に書面にて本研究の目的,個人情報の保護を遵守する旨を伝え,署名にて同意とみなした.<BR>【結果】<BR>A群では,FRT値が増加した者8名,減少した者9名,変化のなかった者3名であった.FRT値の平均は介入前0.219,介入後0.221であり,有意差を認めなかった(P>0.01).<BR>B群では,FRT値が増加した者14名,減少した者4名,変化のなかった者2名であった.FRT値の平均は休憩前0.228,休憩後0.238であり,有意差を認めた(P<0.01).<BR>【考察】<BR>足底感覚と立位安定性との関係は,先行研究において有意な相関があるとの報告がある.今回,休憩前後の試行において有意にFRT値が上昇したB群に対し,A群では介入前後で有意差は見られなかった.これは,A群において母趾足底部への触圧刺激入力によりメカノレセプターの賦活が起こり,姿勢制御中枢への求心性情報の量的増大が起こり,結果として身体の前方向へのモーメントが制動されたと考えられる.本研究では,賦活されたメカノレセプターによる姿勢制御における働きを,FRT値という量的変化のみで検証したが,今後,重心動揺計や三次元動作解析装置などによる質的変化についても検証していく必要があると考える.<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR>中枢神経性・末梢神経性感覚障害を有する疾病や外傷の繰り返し,荷重制限,長期臥床,加齢などにより足底のメカノレセプターは機能低下に陥り,情報の量的,質的低下を招く.その結果,平衡機能障害は誘発される.特に高齢者の皮膚ではコラーゲンが減少して弾性が低下することが報告されており,この現象は刺激に対する閾値の上昇と関連していると考えられている.加齢に伴う,足底感覚の低下は転倒のみならず歩行動作を通じて,関節疾患にも影響を与えると考えられる.今回の研究結果から,対象者は若年成人健常者であるため前述した「高齢者の皮膚」に対する介入は行えていないものの,徒手的な感覚入力のみにおいてもメカノレセプターを賦活でき姿勢制御能力に好影響を与えることが示唆された.臨床場面における介入方法として,母趾足底部に対する徒手的な触圧刺激入力は,患者自身でも行える方法として有用であると考えられる.