著者
金子 正信
出版者
日本マネジメント学会
雑誌
日本経営教育学会全国研究大会研究報告集
巻号頁・発行日
no.58, pp.39-42, 2008-10-31

熊谷屋は仙台駄菓子の老舗である。社長夫妻への取材や、創業300年を記念して編纂された「熊谷屋三百年史」を通じて、極めてニッチな市場で生き残ってきた熊谷屋の経営について考察した。従来の経営理論では、このような店はあまり重要視されることはなかったが、実は、大企業とは異なる興味深い経営における特徴が見られる。大企業は複数の戦略ドメインの中から自社の強みを生かせるドメインを選択し、競合に勝利して規模を拡大していく。それに対して熊谷屋の場合は、仙台駄菓子というニッチな市場とそれを支持する顧客に徹底的にこだわり、市場の灯を消さないという防衛的な姿勢で生き残ってきた。愚直なまでに商品と顧客に目が向いた究極のニッチ企業なのである。その経営の特徴を商品面と顧客面において見てみる。商品面においては、職人が駄菓子材料と時間をかけて関わりながら、「よい加減」を体得し、それが手作り技術として結実、確立する。そうした技術は口伝により、全人格的に継承されてきており、意図せずして他の追随を許さないニッチな市場を形成している。顧客面においては、仙台という地域の恩恵を受けながら、長い時間をかけて、仙台に暮す人々の思い出に深く浸透してきた。顧客に対する責任を全うするための適正規模を守りつつ、苦情に際しては直接対話により丁寧に対応している。その結果、仙台という地域に駄菓子にまつわる変わらぬ記憶が形成されている。熊谷屋の今後の課題としては、優れた職人の確保が挙げられる。最近の画一的な商業環境に飽き足らない若者を職人として採用すべきであろう。一方で、相次ぐ食品業界の不祥事はこの店にとって大きなフォローの風である。