著者
金子 義弘 加藤 宗規
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100178, 2013

【はじめに、目的】ハンドヘルドダイナモメーター(以下,HHD)は安価で簡便な筋力測定方法である一方,膝伸展筋力など高い筋力値を測定する場合においては,徒手による固定方法では検者間による測定誤差が生じる可能性がある.この欠点を補うため,徒手に代わり運動を固定する固定用ベルトを使用した計測方法が考案され,先行研究では同一日でのtest-retest再現性について,若年および高齢健常者,脳血管疾患患者において良好な結果であったことが報告されている.しかし,運動器疾患を有する患者における再現性については報告されていない.そこで,本研究では,大腿骨近位部骨折術後の入院患者における本法のtest-retest再現性を検討するとともに,膝伸展筋力値による病棟内杖歩行自立のカットオフ値について検討した.【方法】対象は,大腿骨近位部骨折にて当院入院中で重度な認知症状がなく,免荷指示やその他の影響する疾患を有さない76名(女性60名,男性16名)である.内訳は,平均年齢80歳(55-97歳),平均体重46.7±10.3kg,手術内容は全人工関節置換術1名,人工骨頭置換術41名,骨接合術34名,手術から計測までの平均日数は26.5±8.4日であった.骨折に至った転倒原因は不明だが,計測時の移動能力は病棟内杖歩行自立以上が31名,杖歩行監視以下が45名であった.大腿四頭筋筋力の測定は椅子座位でアニマ社製等尺性筋力測定器 μTas MF-01を使用した.測定にあたり,被検者は体幹をベッドと垂直にして座り,両側上肢は体側両脇に位置して手をベッド面につき体幹を支持した.そして,パッドを含めセンサーを面ファスナーで被検者の下腿遠位部前面で足関節内果上縁の高さに固定し,さらに固定用ベルトでセンサーおよび下腿をベッド脚に固定した.測定肢の膝窩に折りたたんだバスタオルを入れ,測定時に大腿が床面と水平になるようにしたとともに,膝関節が90°屈曲位になるようにベルトの長さを調節した.等尺性膝伸展筋力は,5秒間の最大努力中における最大値として,健側および患側について各3回実施した.そして得られた結果から,3回の測定における再現性について,級内相関係数[The intraclass correlation coefficient;以下,ICC]と対応のある因子の一元配置分散分析により検討した.また,3回の最大値を採用した膝伸展筋力体重比を算出し,Receiver Operatorating Characteristic curveを用いて膝伸展筋力体重比による病棟内杖歩行自立のカットオフ値を検討した.なお,危険率は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】対象者や家族には,研究の目的と方法,およびデータの管理と使用について書面を用いた説明を行い,同意を得た.【結果】膝伸展筋力測定の結果,健側の平均値(±標準偏差)は,1回目12.6±7.6 kgf/kg,2回目13.6±7.8 kgf/kg,3回目13.6±7.4 kgf/kg,患側の平均値は1回目7.6±4.3 kgf/kg,2回目8.2±4.3 kgf/kg,3回目8.5±4.4 kgf/kgであり,一元配置分散分析では両側ともに主効果を認めなかった.3回の測定の再現性について,ICC(1,1)の値は,健側が0.944(95%信頼区間;0.920-0.962),患側がICC=0.953(95%信頼区間;0.932-0.968)であった.また,3回の最大値を採用した体重比の平均値は,健側0.30±0.14 kgf/kg,患側0.19±0.08 kgf/kg,両側の平均値は0.24±0.10 kgf/kgであった.体重比による病棟内杖歩行自立のカットオフ値について,健側0.25 kgf/kg(感度0.65,特異度0.80),患側0.17 kgf/kg(感度0.80,特異度0.73),健患平均0.20 kgf/kg(感度0.70,特異度0.79)であった.【考察】固定用ベルトを用いたHHDによる等尺性膝伸展筋力測定は,大腿骨近位部骨折受傷後の入院患者においても,先行研究に報告された若年および高齢健常者,脳血管疾患患者と同様にtest-retestの再現性が高いことが考えられた.また,病棟内杖歩行自立のカットオフ値として今回示された膝伸展筋力体重比は,臨床における病棟内杖歩行自立の検討に関する一指標となると考えられた.【理学療法学研究としての意義】固定用ベルトを用いたHHDによる筋力測定方法は,大腿骨近位部骨折術後患者においても有効であることが示唆された.