著者
鈴木 祥二
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

本研究では、土佐藩参政の吉田東洋が中心となって編纂した『海南政典』と、安芸藩が化政期に編纂した『芸藩通志』を素材に、19世紀前中期に獲得された統治理念と技術・知識、及びその維新変革への影響を考察することを目指した。3か年にわたる研究の結果、次のような成果と展望を得ることができた。1、幕末土佐藩における吉田東洋および彼の門下による藩政改革は、藩政組織の再整備と役人の規律の確立、海防体制のための軍事力強化、政治儀礼の再編成をめざしたものであり、そうした内容が『海南政典』としてまとめられた。こうした政治文書は他に例を見ないもので、その内容は明治維新の政体構想の基礎になった。2、また、王政復古に行われた土佐藩の藩政改革は、「士民平均」を理念として、身分制度の廃止を実施しようとしたもので、こうした先進的な改革は『海南政典』に現れた改革思想を背景にもつと同時に、その理念は米沢藩や彦根藩などにも影響を与え、土佐藩を中心とした政治的連携を生み出すことになった。この点をよりいっそう解明していくことによって、廃藩置県の政治的背景を新たな側面から明らかにできる。3、19世紀に入り、幕府や大名は支配地の歴史・地理・生産などを把握するために、地誌の編纂に着手したが、それを可能にした知識の集積、地誌に反映された文明意識と歴史意識について明らかにした。また、20世紀初頭の地域史編纂にいたる出発点となった点を検討し、この100年間の地誌編纂史の流れを把握することができた。4、『芸藩通志』の編纂過程について、町村が作成した「国郡志御用につき下調べ書出帳」などを収集し、『芸藩通志』の内容との比較のための材料を得た。また、郡村毎の石高・戸口・牛馬数・物産・社寺・宗教者数など基本項目のデータベースを作成し、それらが藩政改革にどの程度生かされたのかを、今後検討していく基礎を作った。5、今後は藩政改革のために編纂されたこれら二書を、人民統治のための技術と知識が集積された政治文書としてとらえ、「民政学」という範疇でとらえて、近代化の上で果たした役割を検討したいと考えている。