著者
鈴木悠理
出版者
未来の人類研究センター
雑誌
コモンズ (ISSN:24369187)
巻号頁・発行日
vol.2022, no.1, pp.127-142, 2022 (Released:2022-05-11)

本研究は、初期近代イングランドを中心としたヨーロッパに焦点を当て、その時代における男同士の身体的、性的接触にまつわる言説を分析する。イングランドを含むヨーロッパのキリスト教圏では、男同士の性的な結びつきはソドミーやバガリーと呼ばれ、神に対する反逆的な行為であり、社会の秩序を転覆させかねない大罪と見なされていた。その一方で、ギリシア・ローマ古典を再生産する芸術活動の分野においては、男同士、特に成人男性と少年のあいだに生ずる性的な接触がホモエロティックなものとして美化されることも可能であった。 現代におけるホモセクシュアリティとホモフォビアは、前者が同性間の愛情あるいは欲望、後者がその嫌悪の対極に位置している。しかし、初期近代に用いられていたソドミー/バガリーという非難的な言葉と、牧歌的なギリシア・ローマ神話の再生産のなかにみられる同性間の接触の肯定的表現は、そうした軸の両極に位置するわけではなかった。本研究では、そのどちらもが異教/異郷の他者の表象であり、身体の接触が強制されること、そして少年への嫌悪と性愛が混在しているという共通項を持っていることを指摘する。そして、ソドミー/バガリーとホモエロティックな表現の共存は、先行研究で指摘されたような矛盾ではなく、同性間の性的な欲望という同じ領域における表現のあり方であったことを明らかにする。