- 著者
-
小口 高
鍛治 秀紀
鶴岡 謙一
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2023年度日本地理学会春季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.106, 2023 (Released:2023-04-06)
東京大学情報科学研究センター(CSIS)は1998年に発足したGISの研究組織である.CSISは文部科学省が認定した共同利用・共同研究拠点であり,様々な地理空間情報をCSISが多数収集して「研究用空間データ基盤」を構築し,収録したデータを提供している.CSISがデータを収集・購入する際に,データの提供元と覚え書きを交わすことによって,外部の研究者がデータを利用する可能性を確保している.この仕組みにより,個人研究者がデータを入手する際の経済的な負担や手間を軽減している. 「研究用空間データ基盤」に登録されているデータはデジタルデータであるが,地理学では長年にわたり,紙の地図が基本的なデータとして活用されてきた.紙地図は現在も作製されている.この際には,地図を構成する要素のデジタルデータを用いて地図のデジタル原版を作製し,それを印刷するのが今日の一般的な状況である.一方.古い時代の紙地図は,デジタルデータから作成されたものではなく,現存する紙地図自体がデータとして意味を持つ.各所に保管されている古い時代の紙地図の一部は,スキャンやデジタイズによってデジタル形式になっている.このような古い地図の情報を活用して地域の過去の状況を明らかにし,近年の状況と比較することは,地理学の主要な研究方法の一つである.古い時代の地図は,学校教育や生涯教育の場でも活用されており,社会的にも重要である.たとえば,「ブラタモリ」のようなテレビ番組では,過去から現在に至る地理的環境と人の営みを結びつける際に,新旧の地図がしばしば活用されている. このような点を考慮し,CSISはデジタルデータとともに紙地図の資産にも注意を払ってきた.CSISが「研究用空間データ基盤」の提供のような本格的な活動を,紙地図についても行うことは,組織の性格やマンパワーの点から困難である.しかし,紙地図の活用と関連した試みをいくつか行ってきた.日本地理学会と関連した一つの事例は,2000年代後半に試みられた「デジタル地図学博物館」の構築である.これは,CSISが日本地理学会の国立地図学博物館設立推進委員会(現在は地図資料活用推進委員会と改称)と連携し,様々な機関が公開していた地図のスキャン画像を,検索によって即座に閲覧できるシステムの構築を目指したものである.この際には,古地図などの画像を公開している全国の博物館などのウェブサイトを対象とした.このプロジェクトは,画像のURLの変更に対する対応の難しさなどの課題が生じたことと,地図を含む画像の検索がGoogleなどの検索エンジンで可能になっていったこともあり,プロトタイプの構築とその試行的な運用で終了した. 2018~2019年度には,東京大学のデジタルアーカイブズ構築事業の一環として,多数の紙地図のスキャンニングと,地図画像の公開システムの構築を行った.スキャンニングの対象となった地図は,1980年に東京で開催された10th International Cartographic Conferenceの際に,約40ヶ国から日本地図学会に寄贈され,その後に東京大学柏図書館に移管された約1200枚の紙地図の一部を含む.具体的には,国土地理院、海上保安庁、日本水路協会、日本オリエンテーリング協会、U.S. Geological Survey, Geological Survey of Finlandなどが製作した紙地図をスキャンし,著作権の問題がないことを確認した後,「柏の葉紙地図デジタルアーカイブ」としてオンライン公開した.このアーカイブは,独自に開発した地図検索システムを使用しており,高解像度の地図を高速に表示するとともに,メタデータの表示や検索の機能も持っている.ただし上記の1200枚の地図の大半は著作権が消滅していない等の事情があり,公開できたコンテンツの数は限られている. 最新の紙地図と関連したCSISの活動として,埼玉大学教授だった故谷謙二氏がオンラインで公開し,教育の場を含む様々な場面で広く活用されている「今昔マップ」の保守が挙げられる.「今昔マップ」は,国土地理院およびその前身の機関が紙地図として出版した明治時代以降の地図をウェブ・ブラウザで表示する機能を持ち,さらに新旧の地図を並べて比較できる.谷氏は2022年に8月に急逝されたため,氏が管理していたサーバーで稼働している「今昔マップ」の今後の継続性が不透明となった.地理学関係者やご遺族による検討の結果,CSISが「今昔マップ」を含む谷氏が整備したオンラインコンテンツの保守の主体として協力することになった.当面の目的は,現状の「今昔マップ」の提供を継続することである.今後,現行の「今昔マップ」には含まれていない地域の地図画像を,新たに追加する可能性についても検討する予定である.