著者
畠中 坦 天野 数義 鎌野 秀嗣 花村 哲 伊藤 直貴 佐野 圭司
出版者
Japan Surgical Association
雑誌
日本臨床外科医学会雑誌 (ISSN:03869776)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.114-129, 1981

1980年までの実質14年間に著者の一人(H. H.)が責任治療を行った脳腫瘍308例のうち,放射線治療を行ったのは212例であり,そのうち特に神経膠腫(グリオーマ),髄膜腫,肉腫,計146例について,光子(photon,コバルト60またはリニヤック)による治療と,低速中性子(原子炉による硼素中性子捕捉療法)とを比較した.前者は102例,後者は44例に行われたが,後者のうち12例は光子治療が無効であったためさらに中性子捕捉療法を行ったものである.病理組織診断は成績判定に重要なので,客観的立場にある欧州人神経病理学者に再判定を依頼した. (1) WHO分類によるIII~IV度膠腫(ほぼ, Kernohan分類のIII~IV度に近く,いわゆるGlioblastoma)では,光子治療(その大部分の症例は化学療法,免疫療法を併用している)による平均生存は12.9カ月で,全41例が最高3.9年までに死亡したが,低速中性子捕捉では18例中5例が生存しており,平均は17.8プラス月を越えた.これは,近年の主要な報告(Gillingham 13.8カ月, Walker 8.4カ月, Jellinger 13.3カ月)に比べても上廻っており,これまでの最高生存は8年6カ月を越えている.(ことに初回切除術をH.H.が自ら行いすみやかに中性子捕捉療法を行った10例では,初回手術の平均2週間以内に中性子捕捉療法が行われており,平均生存は24.4カ月を越え10例中4例が生存している.) (2) 天幕上II度の膠腫では,光子群37カ月中性子捕捉群36カ月以上と差はないが,前者の80%はすでに死亡し,後者は80%が生存している. (3) 橋・延髄の膠腫では光子群16例が全例死亡し,平均は8カ月であるのに対し,中性子捕捉治療では18カ月を越え,最長生存は,当初4,200ラッド照射後再発し昏睡にまでいたりその後中性子捕捉療法を行った当時3歳の小児で,現在まで4年半生存,小学校に進学している.<br> 深部治療に好適な熱外中性子の得られる原子炉がないことと,早期治療の原則が行われていないため,まだこの療法の真価は発揮できてはいないが,これ迄の限られた経験からみて今後一層の進歩・普及が期待される.また他種癌の治療への適用が検討されている.