著者
武田 光志 荒井 裕一朗 長井 友子 安原 一 山下 衛
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.12-21, 2006-02-28 (Released:2010-09-09)
参考文献数
17

乳幼児がボタン型アルカリ電池やコイン型リチウム電池を誤飲する事故がしばしば発生する.その電池が消化管に停滞し, 消化管壊死を起す.その原因は電池が接触する組織の消化管分泌液や電解質液に電気が流れ, 電気分解が起こり水酸化ナトリウム等のアルカリが生成される.単位時間に流れる電気容量に比例し, アルカリの量は生成するため, 電池の電圧を低下させることが消化管壊死の程度を軽減すると考えた.電池を伝導性に富む素材でショートさせると, 電圧が低下することに着目し, イヌの食道にコイン型リチウム電池を留置し伝導性に富む黒鉛を用いて食道壊死の程度を検討した.6頭の犬を食道に電池を留置した群 (電池留置群, n=3) と留置した電池の周囲に5%黒鉛生食懸濁液を注入した群 (黒鉛処置群, n=3) に分けた.黒鉛処置群はさらに電池の挿入と同時に5%黒鉛生食懸濁液を注入した場合 (n=1) と電池挿入後1分後に5%黒鉛生食懸濁液を注入した場合 (n=2) とし, それぞれ電池留置60分後に食道組織を肉眼的および顕微鏡学的に観察した.電池留置群は肉眼的に, 電池との接触部分で組織の炭化が観察された.顕微鏡学的所見としては粘膜上皮から筋層深部の外縦筋層に至るまでに変性壊死が認められた.黒鉛処置群のうち電池の留置と同時に5%黒鉛生食懸濁液を注人した場合は, 肉眼的には電池外周部と接した組織の一部に充血が見られた.それ以外の部分に色調の変化は認められなかった.顕微鏡的所見では粘膜上皮から外縦筋層までに変性壊死は認められなかった.電池留置1分後に5%黒鉛生食懸濁液を注入し場合は, 電池の外周部が接触した組織で部分的に糜爛と潰瘍が肉眼的に観察された.顕微鏡学的には電池外周部が接触した組織では粘膜の消失が観察された.粘膜から筋層まで変性が見られたが電池留置群に比し, その程度は軽度であった.以上のことから, 5%黒鉛生食懸濁液を電池の周囲に注入し電池をショートさせると, 電池による食道壊死に対して組織保護効果があることが明らかとなった.ボタン型アルカリ電池やコイン型リチウム電池の誤飲時に起こる食道組織の壊死に対し, 黒鉛粉末懸濁液の投与が電池を除去するまでの対処法として有効な手段であることが示唆された.