著者
岩井 信彦 山下 和樹 長尾 賢治 大川 あや
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100164-48100164, 2013

【はじめに】ADLの回復過程において潜在的な活動能力と実際の生活の中で行っている活動レベルに差が生じることを経験する。前者は「できるADL」後者は「しているADL」と称され、この二面性は「リハ総合実施計画書」にも評価項目として組み込まれている。今回、脳卒中と大腿骨頚部骨折患者のいわゆる「しているADL」と「できるADL」を機能的自立度評価法(FIM)にて評価し、双方の得点の比較からADLの二面性、格差発生の特性を調査し考察を加えたので報告する。【対象と方法】2005 年4 月から2012 年3 月までに回復期リハ病棟に入院した脳卒中患者391 例、大腿骨頚部骨折患者229 例を対象とした。実行状況ADL(実行ADL)をFIMで評価した。療法士の監視下のもと理学療法室など特定の環境で遂行可能なADLを潜在的活動能力(潜在的ADL)とし同様にFIMで評価した。得点の差の検定はWilcoxonの符号順位和検定を用い、有意水準を5%未満とした。ADL難易度はRasch分析にて求めた。Rasch分析は数値で表された順序尺度を間隔尺度に変換し、課題の難易度を数値化する解析手法である。また、FIM運動13 項目に関し得点に差のあった症例数の全症例に対する割合(格差率)を求めた。【結果】脳卒中は男性189 名、女性202 名、平均年齢74.8 ± 11.5 歳、脳梗塞258 例、脳出血110 例、くも膜下出血23 例、発症から入棟まで44.0 ± 16.8 日、入院時FIM運動13 項目合計点は潜在的ADL 43.4 ± 26.0 点、実行ADL 41.7 ± 25.6 点であった。大腿骨頚部骨折は男性44 名、女性185 名、平均年齢80.9 ± 10.7 歳、内側骨折132 例、外側骨折97 例、発症から入棟まで35.3 ± 14.2 日、潜在的ADL 51.1 ± 22.0 点、実行ADL 49.5 ± 22.2 点であった。脳卒中FIM得点は運動13 項目何れも潜在的ADLの方が高く、統計的にも有意差があった。難易度は実行ADLでは低い順に食事、ベッド移乗、整容、排便コントロール、排尿コントロール、上半身更衣、トイレ移乗、トイレ動作、下半身更衣、歩行/車椅子、清拭、浴槽移乗、階段で、潜在的ADLではベッド移乗と整容、排尿コントロールと上半身更衣の順位が入れ替わっていた。大腿骨頚部骨折の得点も同様に何れも潜在的ADLの方が高く、統計的にも有意であった。難易度は実行ADLでは食事、整容、上半身更衣、排便コントロール、ベッド移乗、排尿コントロール、トイレ移乗、トイレ動作、下半身更衣、歩行/車椅子、清拭、浴槽移乗、階段の順に高かった。潜在的ADLの順位も同様であった。脳卒中ADL格差率は食事6.4%、整容10.0%、清拭7.4%、上半身更衣14.6%、下半身更衣9.2%、トイレ動作10.0%、排尿コントロール3.3%、排便コントロール2.0%、ベッド移乗7.9%、トイレ移乗9.5%、浴槽移乗3.8%、歩行/車椅子9.7%、階段9.5%であった。格差率が高かった上半身更衣、整容、トイレ動作、歩行/車椅子ではFIM評価7 段階のうち3 で格差が発生している症例が多かった。大腿骨頚部骨折の格差率は食事2.6%、整容11.4%、清拭8.3%、上半身更衣11.4%、下半身更衣8.3%、トイレ動作8.3%、排尿コントロール4.4%、排便コントロール3.5%.ベッド移乗8.7%、トイレ移乗8.7%、浴槽移乗4.4%,歩行/車椅子11.8%、階段6.1%であった。格差率が高かった歩行/車椅子では評価段階2 及び3、整容では2、上半身更衣では4 及び5 で格差が多く発生していた。【考察】脳卒中ADLに関しGrangerらはRasch分析にて難易度を求め、階段、浴槽移乗、歩行/車椅子が最も高く、食事、整容が最も低かったと報告している。本調査でも類似した結果であった。脳卒中と大腿骨頚部骨折の難易度序列の差はベッド移乗、整容、排便コントロール、排尿コントロール、上半身更衣で見られたが、これは脳卒中では片側上下肢、大腿骨頚部骨折では一側下肢の障害という障害構造の違いによって生じたものと思われる。岩井らは脳卒中ADLに関し下半身更衣、上半身更衣、トイレ動作、トイレ移乗、ベッド移乗、整容の難易度は接近していたが、大腿骨頚部骨折ではこの傾向はなかったと報告している。脳卒中では格差率の高かったADLを中心に実行ADLと潜在的ADLで難易度序列が入れ替わったもの、大腿骨頚部骨折では序列に変化がなかったがこのことが要因と考える。高難易度のADLが必ずしも格差率の高かったADLではなかった。例えば整容や上半身更衣など難易度が低くても格差率は高かった。格差率の高低は本人の意欲や介助技術の問題、物的な環境の問題など様々な要因で生じているものと思われた。【倫理的配慮】当該病棟では主治医、担当療法士が患者・家族に対し「リハ総合実施計画書」を提示し、内容や個人情報提供に関する同意を得ている。また、本調査は当該医療機関倫理委員会より承認を得ている。【理学療法学研究としての意義】ADL構造、難易度序列、格差発生の特性を知ることで、習得が遅れているADLの確認や治療プログラムの立案を的確に行うことが期待できる。