著者
長谷部 佳子 舩橋 誠
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.114-121, 2020-04

本研究は経管栄養患者の血糖動態が健常人と異なっていることについて,その機序を解明するための基礎的知見を得ることを目指して行った.経管栄養は通常の食物摂取と異なり,味覚,嗅覚,視覚などを欠いており,これらが栄養吸収や代謝に影響を与える可能性が先行研究により示されているが,食物を普通に経口摂取する場合において,味覚,嗅覚,視覚を遮断した場合の血糖値変化を詳細に比較検討した報告はない.そこで,被験者33 名に対して味覚,嗅覚,視覚情報の異なる6条件(条件1:ミルクチョコレートを通常摂取;条件2:チョコ臭を嗅ぎながらカプセルに充填したミルクチョコレートを摂取;条件3:ビターチョコを通常摂取;条件4:目隠ししてミルクチョコレートを摂取;条件5:カプセルに充填したミルクチョコレートを摂取;条件6:目隠ししてカプセルに充填したミルクチョコレートを摂取)を設定して,各条件下でチョコレート摂取5分前から摂取150 分後までの血糖値(5分毎計測)を持続グルコースモニタ-(iPro2 システム,日本メドトロニック社製)を用いて測定し解析を行った.視覚、味覚、嗅覚のいずれか1つまたは複数の感覚がない場合,普通に味わってチョコレートを摂取した場合の血糖値変化と比べて明らかに血糖値の増加量が多くなるとともに摂取前の血糖値へ戻る速度も遅延する傾向が観察された.また,苦いチョコレートを摂取した場合には,甘いチョコレートに含まれる糖分の25%しか糖分を含んでいないため血糖値増加量は比例的に少ない量にとどまるものの,150 分の測定時間の最後まで血糖上昇が持続することが観察された.これらの結果から,経管栄養には味覚,嗅覚,視覚の感覚が生じないことにより,吸収期の糖質の中間代謝は経口摂取とは異なる状態にあることが示唆された