著者
長谷部 晃 豊田 有希
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.106-109, 2021-03-15

医科学研究における微生物学では,ロベルト・コッホの時代から,感染症の原因病原体について明らかにすること を目的とした病原微生物の研究がなされてきた.それらはいわゆる「コッホの原則」が成り立つ,感染症-病原体の 関係に基づいた病原体の研究が中心であったが,近年,宿主との共生体としての常在細菌叢の役割が注目されており,特に腸内細菌叢についての研究が盛んに行われている.腸内細菌叢が全身に様々な影響を与えていることが明らかとなっていることから,消化管の細菌叢として口腔細菌叢も注目されてきている.というのも,口腔常在菌が嚥下により腸内細菌叢に影響を与えることで全身の健康状態に関与している可能性があり,また逆に,全身の健康状態が口腔常在菌叢を反映している可能性もあるからである.本稿では,口腔常在菌叢や腸内細菌叢と全身の状態の関 係について最近明らかにされていることを簡単に概説し,さらに我々の最新の知見について紹介する
著者
阿部 貴恵 近藤 美弥子 岡田 和隆 亀崎 良介 和田 麻友美 北川 善政 山崎 裕
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.127-131, 2014-03

口腔内セネストパチーは,口腔内の異常感を奇妙な表現で執拗に訴える病態で,難治性の疾患とされている.今回,口腔内にさまざまな異物の存在を訴え続けた75歳の女性に対し,心身医学的対応により症状の消失までには至らなかったものの,寛解が得られた症例を経験したので報告する. 主訴は,口の中から砂が出てきて口内全体に張り付くであった.カンジダ除菌後,口内には口腔乾燥以外の異常所見を認めなかったが,以後,「丸い塊」「フイルム」「六神丸」「セロハン」「ブドウ」様の異物が口内に出現すると感じるようになり,それを吐き出さずにはいられず,外出も困難になった.向精神薬や抗うつ薬を投与したが効果なく,精神科に紹介したが具体的な治療は行われなかった.当科での治療を引き続き希望したため,薬物療法は止め,発症の契機が疑われた長男の嫁との不仲を和解させ,好きなパチンコに行けるように生活指導を根気よく行ったことで,異物は完全には消失していないものの,症状は改善した.
著者
金子 正範 山野 茂 塚原 亜希子 志摩 朋香 鈴鹿 正顕 入澤 明子 大森 桂一 箕輪 和行
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.72-81, 2016-03

【目的】本研究の目的は,北海道大学病院における歯科異物の誤嚥と誤飲の発生傾向,対応および経過を調べ,対応の適切性と誤嚥と誤飲の防止策について検討することである. 【対象と方法】2006年から2013年までに歯科異物を誤嚥または誤飲した疑いがある患者43名が歯科放射線科のデータベースから選択された.本研究ではそれらの症例の診療録および放射線検査画像をもとに検討を行った. 【結果】43例中で誤飲が32例で発生していたが,全症例で誤嚥発生は無かった.誤飲例の性別は男性20例,女性12例であった.誤飲例の平均年齢は57.6才であり,最年少は8才,最年長は79才であった.誤飲例のうち60代以上の患者が59%を占めていた.嚥下機能に影響すると考えられる病歴や手術歴を有する者は10例(31%)であった. 誤飲物はメタルインレー7例,メタルクラウン6例,コア4例,歯科用切削・研磨バー4例,歯牙3例,その他が8例であった.修復物の試適時・装着時の誤飲が11例(34%)で最も多かった. 1例は画像検査前に異物を吐き出していた.内視鏡により異物が摘出されたのが3例で,うち,2例は食道から,1例は胃からであった.23例で異物排泄が確認されたが,5例では腹部エックス線撮影による排泄確認がなされなかった.排泄確認までの日数は平均8.8日,最短3日,最長51日であった.誤飲による体調不良の訴えはなかった. 【結論】歯科治療時には常に誤飲のリスクがあると考えられる.歯科異物の脱落を防ぐことが誤嚥・誤飲予防のために重要である.修復物の試適・装着時の誤飲が最も多かったことより,修復物にフロスを結紮や接着すること,ガーゼや歯科用吸引カニューレで咽頭を覆うこと,異物が直接咽頭に落ちにくい体位や頭位を患者にとらせることなどの対策を行うことが推奨される.高齢者や手術後および脳疾患などで嚥下機能に影響があると考えられる患者には既知の誤嚥・誤飲予防策を徹底的に行うことが重要である.誤飲後の対応は概ね良好だが,消化管に誤飲した後の排泄確認を徹底するべきであると考えられた.
著者
岩本 理恵 北條 敬之 渋谷 真希子 木村 幸文 亀倉 更人 藤澤 俊明
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.114-119, 2014-03

最近5年間(2007~2011年)に局所麻酔薬アレルギーを懸念して当科を受診した患者を対象に,受診のきっかけとなったエピソード・考えられる原因,皮膚テスト施行の有無,今後の歯科用キシロカインカートリッジR使用の可否判断等について過去の当科における同様の検討結果(1989~1993年)との比較を交え解析し,以下の結論を得た. 1 .当該患者数の全受診者数に対する割合は,今回は0.32%(13/4083)であり,前回の3.5%(54/1545)と比較して大幅に減少した.依頼医における局所麻酔薬アレルギーと他の偶発症との鑑別能力の向上がその一因と推察した. 2 .皮膚テストを行った症例数は,今回2症例であり,前回の39症例と比較して大幅に減少した.これは2004年の厚生労働省からの抗菌薬皮内テストに関する指示が出され,当院でも局所麻酔薬も含め皮内テストを極力行わない方針になったためと思われる. 3 .医療面接や検査の結果ならびにアレルギー防止の観点からみて歯科用キシロカインカートリッジRが使用可能と判断した症例の割合は,今回は82%(9/11)であり,前回の61%(27/44)と比較して増加した.2005年より歯科用キシロカインカートリッジRへのパラベン添加が取りやめになったことが大きな要因と思われ,この結果は依頼元の歯科医師および患者にとって治療遂行上,有益と思われた. 4 .エピソードの原因については,判断困難とした1症例を除き,アナフィラキシーとの鑑別は比較的容易であった.しかし,リドカインのように抗原性の著しく低い薬物でも,アナフィラキシーを発症する危険性が皆無ではなく,全ての薬物においてその使用にあたっては,十分な医療面接に加えて,ショック等に対する救急処置を行うことが出来る体制整備を怠らないことが重要である.
著者
三上 翔 小林 國彦 柏﨑 晴彦 中澤 誠多朗 小田島 朝臣 大内 学 山崎 裕
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.150-156, 2016-03

今回,パラジウム(Pd)とニッケル(Ni)の金属アレルギーが疑われた45歳女性患者が,近医歯科にて口腔内の金属を除去された後,重篤なアレルギー症状の増悪(flare-up)とみられる倦怠感,発熱,顔面の浮腫,皮膚の剥離などを伴う全身症状を呈した症例の紹介を受けた.そこで膠原病内科との連携で,ステロイド投与下に残りの金属修復物の除去や感染根管治療を安全に行い,非金属に置換することで良好な結果を得た症例を経験したので報告する. 初診時,手掌および顔面皮膚に軽度の浮腫性の腫脹を認め,口腔内には6歯に金属修復物を認めた.口腔粘膜には発赤,腫脹等の異常所見は認めなかった.翌日,膠原病内科入院下にヒドロコルチゾン100mgとd−クロルフェニラミン6mgを予防投与された後に来院し,6歯の金属修復物の除去を行ったが,特に異常なく経過した.その後に施行した5歯の感染根管治療後にアレルギー症状が増悪するエピソードが度々あり,膠原病内科からの依頼で,処置前に金属除去時と同様の予防投与を行った.その後はアレルギー症状の増悪は認めなかった.メタルフ リー後半年経過してから,非金属修復物での修復を行った.現在,メタルフリー後約2年経過したが,皮膚症状の再燃なく経過良好である.
著者
鈴木 邦明
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.16-27, 2017-09

Na, K-ATPaseはNa-ポンプあるいはNa,K-ポンプと呼ばれる生理機能を担う酵素である.ほぼすべての動物細胞の形質膜に存在し,ATPの加水分解エネルギーを用いてNa+とK+の能動輸送をおこなう.その結果,細胞内外のNa+とK+の濃度勾配および電位差の維持を担い,細胞レベルでは細胞の容積や浸透圧の維持に関与する.特殊化した機能としては,神経や筋肉細胞の興奮性の維持,腎臓での水やNa+の再吸収に関与する.また,Na, K-ATPaseの形成したNa+の濃度勾配を利用して,小腸における糖やアミノ酸の吸収が行われる.その消費エネルギーは,安静時の代謝エネルギーの3割,神経系においては7割を占めるとされる. Na-ポンプ機能の実体がNa, K-ATPaseであると認められた頃から,ATPの持つ化学エネルギーを,どのようにNa+とK+の能動輸送という物理的なエネルギーに変換するのか,その機構の解明がNa, K-ATPase研究の焦点の一つであり,Na,K-ATPaseの反応機構の解明が進められた.20世紀後半には,Na,K-ATPaseの反応機構はほぼ確立され,その解析に大きな貢献のあった二人の研究者の名前をとってPost-Albersの反応機構と呼ばれる.この反応機構は,ATP加水分解中にATPの末端のリン酸を結合したリン酸化反応中間体(EP)を形成するのが特徴である.この反応機構では,EPの分子構造変化を中心に据えて,ATPの加水分解による,細胞内から細胞外へのNa+,細胞外から細胞内へのK+の輸送,すなわちNa-ポンプ機能をきれいに説明することができる.Na, K-ATPaseはEPを形成することからP型ATPaseと呼ばれる.Post-Albersの反応機構は,同じくP型ATPaseである筋小胞体や細胞の形質膜に存在するCa -ATPase,また,胃粘膜において胃酸分泌を担うH, K-ATPaseの反応機構の解析に大きな影響を与えた. 強心配糖体であるジギタリス(digitalis)やウアバイン(ouabain)がNa-ポンプ機能を抑制することが知られていたが,これらの薬物はその実体であるNa, K-ATPase活性を抑制する.Na, K-ATPaseの研究においてはouabainを使用することが多く,uabainはNa, K-ATPaseの特異的な阻害薬とされる.Na, K-ATPaseの反応機構の研究過程で,ouabainが不可逆的にEPに結合してNa, K-ATPase活性を抑制することが明らかにされ,強心配糖体による強心作用もNa, K-ATPase活性の抑制をもとに説明された.Na, K-ATPaseが全身の細胞に存在し重要な機能を担っているわりには,20世紀末の段階では,Na,K-ATPaseを標的とする重要な薬物は強心配糖体以外には知られていなかった.また,Na, K-ATPaseの反応機構に関する研究も終了した感があった. しかし,21世紀に入り,ここ20年くらいの間にNa, K-ATPaseとouabainを巡って大きな研究の進展があった.それまで,Na, K-ATPaseの機能はNa+とK+の濃度勾配形成の結果に基づくものであったが,その機構とは別に,Na, K-ATPaseが細胞内情報伝達系に作用することが明らかになり,高血圧症や発癌との関係で新たな展開があった.また,生体内にouabainあるいは類似した物質が存在することが明らかになった.これら内在性のouabain関連物質は,ホルモンとしてNa, K-ATPase活性を調節することにより高血圧症や発癌に関与する.また,強心作用薬であるouabainは,現在では,抗がん薬としても期待されている. 本特集では,Na, K-ATPaseおよび関連する薬物の現状と,筆者らが行ってきた研究を紹介したい.
著者
鈴木 邦明 渋谷 真希子 長谷 由理 平沖 敏文 木村 幸文 藤澤 俊明
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.116-123, 2017-03

日常臨床において,全身麻酔も,局所麻酔も,高い安全性で実施されているが,全身麻酔薬及び局所麻酔薬の詳細な作用機序や,副作用の機序については,いまだに不明な点が多く残されている.全身麻酔の作用機序の仮説は,大きく,脂質に対する作用を重視する非特異説(リピド説)と,特定のタンパク質に対する作用を重視する特異説(タンパク説)とに分けられる.長年にわたる研究の中で,非特異説に傾いたり,特異説に傾いたりしてきたが,現在でも一致はみていない.本稿では,両説の現状を紹介した後に,非特異説に違いないと考えて著者らが行ってきた研究を紹介したい.局所麻酔薬の作用機構は,Na+チャネルを遮断して神経インパルスの発生と伝導を抑制する,として確定されているが,Na+チャネル以外のさまざまな受容体,イオンチャネルや酵素に作用することも認められている.局所麻酔作用に付随する種々の作用の詳細,あるいは副作用の機序という点では,不明な点も多い.本稿では局所麻酔薬の作用に関する現状を紹介した後,ATPaseを中心に著者らが行ってきた研究を紹介したい.
著者
野島 靖子 八若 保孝 舩橋 誠
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.10-16, 2012-09

本研究は,恐怖学習を獲得させたラットを用い,恐怖記憶に対する強制運動の影響を明らかにすることを目的として行った.SD系雄性ラット(生後4週齢)を用い,すべてのラットに23.5時間の飲水制限下にて,以下の実験群に分けて実験を行った.運動群:4週間の強制運動(回転速度12~15 m/分,60分/日,5日/週で回転ケージ内を歩行)させた群,非運動群:運動はさせず回転ケージ内に10分間入れた後飼育ケージに戻した(4週間)群,において運動スケジュール終了後に恐怖条件付けを行った.恐怖条件付けはオペラントケージを用いて条件刺激をブザー音30秒,無条件刺激を足底への電気刺激(2.5 mA,29秒,5回/5分)として行った.その後恐怖条件付け学習の獲得について評価するために,条件刺激(ブザー音)に対するすくみ行動を解析した.また,運動群と非運動群の精神的不安度に差が無いかを調べるために,高架十字迷路試験を用いて評価を行った.すくみ行動の割合では,運動群の2日目(11.7±3.8%,n=5)と3日目(0.3±0.3%,n=5)に対して非運動群では2日目(42.7±5.1%,n=5),3日目(22.7±7.9%,n=5)であり,非運動群と比較して運動群のすくみ行動率の有意な低下が認められた.高架十字迷路試験では,運動群と非運動群の間では,全ての項目において有意差は認められなかった.本研究の結果から,強制運動を負荷したことで恐怖記憶が減弱されたことが示された.また,この時運動群と非運動群において精神的不安度に差が無いことも示唆された.以上により強制運動を負荷することで,精神的不安が増強されない程度の恐怖記憶に対してそれを減弱する効果がある可能性が示された.
著者
松下 和裕
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.25-32, 2018-09

昨年2017年9月2日,下顎枝矢状分割術の考案で著名なHugo Obwegeser(1920年10月21日生まれ)が96歳で亡くなった.葬儀は彼のホームタウンであるチューリッヒのシュヴェルツェンバハで9月13日に行われた.これも最新の歯学として忘れてはならない出来事である.彼が書いた書籍1)に,下顎枝矢状分割術の施行に関しとても興味深い内容が書かれているので,最初に紹介したい.その上で,当院でのこれまでの発展の歴史と最近の話題を語りたい.
著者
関口 珠希 松下 和裕 柏原 みゆき 笠原 和恵 堀川 雅昭
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.76-82, 2022-09-15

埋伏智歯が本来の位置から遠く離れ,それが下顎枝最上方の筋突起に位置することは非常にまれである.今回われわれは筋突起に埋伏した含歯性嚢胞を伴う智歯の1 例を経験したので報告する. 患者は72歳,男性.2021年5 月に左側耳下腺咬筋部の腫脹と疼痛を自覚し,近在歯科を受診した.症状が悪化傾向であったため,当院を紹介受診した.初診時の口腔外所見では左側耳下腺咬筋部の腫脹,疼痛と重度の開口障害を認めた.口腔内所見では開口障害により視認は困難であったが,左側頬粘膜に浮腫性の腫脹を認めた.画像検査では筋突起内に逆性埋伏智歯とその周囲に嚢胞様透過像を認め,それら周囲の軟組織の肥厚を認めた.血液検査所見では炎症反応を認めた.埋伏智歯ならびに嚢胞様病変への感染と診断し,抗菌薬による消炎を行った.消炎後,全身麻酔下で埋伏智歯抜歯ならびに嚢胞摘出を施行した.病理組織学的診断は含歯性嚢胞が考えられた.現在,術後6 か月を経過しているが,問題なく経過している.
著者
和田 麻友美 山崎 裕 村井 知佳 中村 裕介 佐藤 淳 秦 浩信 北川 善政
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.106-113, 2014-03

非定型歯痛(Atypical Odontalgia: AO)は,明確な原因がないにもかかわらず歯やその周囲に疼痛を訴える疾患であり,歯科医師は診断や治療に苦慮することが多い.当科で診断したAO症例の臨床経過および治療効果を明らかにする目的で後ろ向き研究を行った. 対象は2010年1月から2012年5月の期間に,当科で最終的にAOと診断した22例(男性:5例,女性:17例,平均年齢:54歳)であった.主訴は歯痛9例・抜歯後疼痛6例・歯肉痛5例・インプラント術後疼痛1例・上下顎の顎骨疼痛1例であった.病悩期間は半年未満9例(41 %)・半年~1年3例(14 %)・1年以上10例(45 %)であった.全例が当科受診前に他の歯科医療機関を受診していた.前医で行われた治療は,歯内療法・歯周療法・レーザー照射・スプリント療法・補綴療法・薬物療法など多岐にわたっていた. AOの臨床診断のもと,13例に対して当科で薬物療法を行った.使用した薬物は,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor, SSRI:10例),ベンゾジアゼピン系抗不安薬(benzodiazepine derivative, BZD:9例)の順に多く,これらのうち7例が両者の併用例であった.治療効果は13例中7例(54 %)で疼痛の改善が認められた.改善した7例のうち,6例はSSRIとBZDとの併用療法であった. SSRIとBZDの併用による薬物療法はAO症例に有効である可能性が示された
著者
長谷部 佳子 舩橋 誠
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.114-121, 2020-04

本研究は経管栄養患者の血糖動態が健常人と異なっていることについて,その機序を解明するための基礎的知見を得ることを目指して行った.経管栄養は通常の食物摂取と異なり,味覚,嗅覚,視覚などを欠いており,これらが栄養吸収や代謝に影響を与える可能性が先行研究により示されているが,食物を普通に経口摂取する場合において,味覚,嗅覚,視覚を遮断した場合の血糖値変化を詳細に比較検討した報告はない.そこで,被験者33 名に対して味覚,嗅覚,視覚情報の異なる6条件(条件1:ミルクチョコレートを通常摂取;条件2:チョコ臭を嗅ぎながらカプセルに充填したミルクチョコレートを摂取;条件3:ビターチョコを通常摂取;条件4:目隠ししてミルクチョコレートを摂取;条件5:カプセルに充填したミルクチョコレートを摂取;条件6:目隠ししてカプセルに充填したミルクチョコレートを摂取)を設定して,各条件下でチョコレート摂取5分前から摂取150 分後までの血糖値(5分毎計測)を持続グルコースモニタ-(iPro2 システム,日本メドトロニック社製)を用いて測定し解析を行った.視覚、味覚、嗅覚のいずれか1つまたは複数の感覚がない場合,普通に味わってチョコレートを摂取した場合の血糖値変化と比べて明らかに血糖値の増加量が多くなるとともに摂取前の血糖値へ戻る速度も遅延する傾向が観察された.また,苦いチョコレートを摂取した場合には,甘いチョコレートに含まれる糖分の25%しか糖分を含んでいないため血糖値増加量は比例的に少ない量にとどまるものの,150 分の測定時間の最後まで血糖上昇が持続することが観察された.これらの結果から,経管栄養には味覚,嗅覚,視覚の感覚が生じないことにより,吸収期の糖質の中間代謝は経口摂取とは異なる状態にあることが示唆された
著者
武田 雅彩 三浦 和仁 新井 絵理 松下 貴恵 山崎 裕
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.122-126, 2020-04

苦味の自発性異常味覚を訴える症例に対し,漢方薬の五苓散を投与したところさまざまな効能が得られた症例を経験したので報告する. 70 代の女性.初診の1か月前,突然,安静時に右舌縁の苦味を自覚し,その後も症状に改善傾向なくかかりつけの歯科からの紹介にて当科受診した.下肢のむくみ,頬粘膜の咬傷痕が認められ,血清亜鉛値は61 μg/dl と軽度低値ではあったが他の各種検査では異常を認めなかった.味覚障害の原因として亜鉛欠乏性が疑われたが,まずベンゾジアゼピン系の抗不安薬であるロフラゼプ酸エチルの投与を開始した.すぐに苦味は軽快傾向を示したが,3週頃から改善が認められなくなった.そこで水滞の所見を参考に五苓散5 g/ 日を投与すると苦味が軽快した他に下肢のむくみや頬粘膜の咬傷がなくなった。結果的に亜鉛の補充は行わずに味覚異常は完治した
著者
五十嵐 豊 付 佳楽 角田 晋一 田中 享 中沖 靖子 佐野 英彦
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.177-192, 2012-03

本研究は,4-META/MMA-TBBレジンのプラチナナノコロイド(CPN)処理をした象牙質に対するサーマルサイクリング(TC)試験前後での接着強さについて検討することを目的とした.0.5% クロラミンT水溶液に保存されていた18本の健全ヒト抜去智歯を歯冠中央部で切断し,健全な象牙質を露出させた後,#600の耐水研磨紙を用いて研磨したものを被着面とした.Control群として被着面を10% クエン酸3% 塩化第二鉄溶液(10-3溶液)でエッチングした.また,10% CPN群,100% CPN群として,被着面を10-3溶液でエッチングし,10%または100%のプラチナナノコロイド(アプト,東京)を塗布した.その後,全ての象牙質被着面にスーパーボンド(サンメディカル,滋賀)を用いてPMMAブロックを接着させた.試料は全て1日水中浸漬後に1mm2の棒状にした.さらに,これらを5℃および55℃の水中に各60秒間浸漬を1サイクルとするTC試験0回群,10,000回群,および20,000回群に分けて行った.TC後の試料は,クロスヘッドスピード1mm/minにて微小引っ張り接着強さを測定した.微小引張り接着強さの測定によって得られた測定値については,Games-Howell検定を用いて有意水準5%にて統計処理を行った.レジンと象牙質の接着界面はSEMとTEMを用いて観察した.Control群の微小引っ張り強さ(μTBS)は29.3MPa(TC 0回),36.6MPa(TC 10,000回),32.8MPa(TC 20,000回)であった.10% CPN群のμTBSは30.4MPa(TC 0回),40.3MPa(TC 10,000回),32.1MPa(TC 20,000回)であった.100% CPN群のμTBSは24.2MPa(TC 0回),12.0MPa(TC 10,000回),10.7MPa(TC 20,000回)であった.Control群と10% CPN群はTC試験前後で接着強さに有意差は認められなかった.100% CPN群の接着強さはTC試験後に有意に低下した.接着界面のSEM観察において100% CPN群ではTC試験後にControl群と10% CPN群と比べて短いレジンタグが観察された.接着界面のTEM観察では10% CPN群,および100% CPN群において,樹脂含浸層の上縁に細かい粒子状構造物の存在が認められた.プラチナナノコロイド表面処理した象牙質接着強さには濃度が影響していると考えられた.
著者
飯田 順一郎 金子 知生 山本 隆昭 佐藤 嘉晃
出版者
北海道歯学会
雑誌
北海道歯学雑誌 (ISSN:09147063)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.43-46, 2016-03

口唇閉鎖不全状態,すなわち常時上下の口唇が離れて口呼吸をしているような状態でいると,口腔内が乾燥しやすく,歯肉炎,歯周病などの歯周疾患が進行する要因になると考えられている.一方で,歯科矯正学の分野においても,このような口唇閉鎖不全の状態は,不正咬合の原因,あるいは動的矯正治療後の歯の位置を安定させる保定に関連して,注意すべき事象の一つとなっている. 矯正歯科治療においては,セファロ分析法などを用いて顎顔面骨格形態を分析し,その顎顔面骨格形態に調和するように,治療ゴールとしての歯の位置を決めて正常咬合に導く治療をしている.しかし,歯あるいは顎骨の位置を正常咬合に導いた後,すなわち動的矯正治療が終了した後に,得られた歯の位置,あるいは得られた正常咬合が生涯にわたって維持されるかどうかということは,矯正治療の施術の意義に関わる重要な考慮すべきポイントである.動的矯正治療終了後に通常用いる保定装置は,このような観点から,歯の位置あるいは得られた正常咬合を機械的に保持するために用いるが,生涯にわたって保定装置を使い続けることは非常に稀である. 歯は口唇,頬,舌などの口腔周囲の筋・軟組織が生み出す力に絶えず晒されており,その力によって徐々にその位置を変え得ることから,そのような口腔周囲軟組織から受ける力を考慮して治療ゴールを決定することは矯正歯科治療の成果を左右する重要な要素である. 本稿ではこの様な観点から,口唇閉鎖不全の影響,またそれに対する対応に関して,これまで行われてきた研究成果を紹介する.