著者
長谷部 茂
出版者
拓殖大学海外事情研究所附属台湾研究センター
雑誌
拓殖大学台湾研究 = Journal of Taiwan studies, Takushoku University (ISSN:24328219)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.51-78, 2018-03-25

『街庄執務指針』(昭和6 年9 月)は,大正9(1920)年,初代文官総督田健治郎の下,日本の町村制に準じて実施された台湾の街庄自治の業務を,所管業務として関わった郡役場の庶務課長が,主に台湾人街庄吏員に向けて解説した実用書である。本書は,街庄制の法律的解釈及び町村制との差異,街庄の日常業務及び業務の進め方,勤務上の注意点,街庄内の諸課題といった当時の地方行政の実態を知る手掛かりであると同時に,「実務」として進められた「自治精神」の涵養と「同化政策」の徹底について,日本人官吏がどのように台湾人の理解を得ようとしたかの実例を提供している。本書の著者・佐野暹は,東洋協会専門学校(現・拓殖大学)の卒業生である。本書に現れた台湾に対する情熱と深い台湾理解,そして実務上の広範な知識は,台湾に赴任して地方行政に関わった多くの卒業生と共通するものであったと思われる。本書を通じて台湾の基層社会における地方自治のあり方と,台湾人と直に接して,ときに日台人間の意識の違いに悩んだであろう卒業生の心象の一端を明らかにする。
著者
長谷部 茂
出版者
拓殖大学海外事情研究所附属台湾研究センター
雑誌
拓殖大学台湾研究 = Journal of Taiwan studies, Takushoku University (ISSN:24328219)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.83-110, 2019-03-08

台湾の言語環境は複雑である。複雑になったというべきかもしれない。1987 年の戒厳令解除を一つの画期とする民主化の進展は,それまで当然に受け入れてきた環境が可変的なものであることを台湾に住む人々に知らしめた。言語もまたそのようなものの一つである。これまで北京語を基礎とした標準漢語である中華民国の国語(National language)― 対外的に現在,華語と称される― の陰に隠れて,本来の意味での母語でありながら,国語より数段劣る方言,言語と見なされてきた閩南語や客家語,原住民の諸言語が,華語と対等な言語と見なされるようになったのは,台湾の言語環境にとって未曾有の変化である。言語の違いは民族的文化的に区別される族群(Ethnic groups)意識と密接に結びつくことで,いわゆる「台湾アイデンティティ」のあり方を問う試金石ともなっている。本稿は,この多分に政治的要素を含む台湾の言語環境の変化が,今もなお華語を中心とする台湾の対外的語学教育(台湾における外国人向け語学教育及び台湾人教師による海外での語学教育等)にどのような影響を及ぼしているのか,また,中国大陸(中華人民共和国)の標準漢語である「普通話」が世界標準となりつつある現在,台湾の「華語」は,対外的語学教育において,どのように位置づけられるべきなのか,今後の課題を摘出し,その対策を提言しようとするものである。