著者
夏目 祥子 根地嶋 誠 関 直哉 杉谷 竜司 石井 裕也 大城 昌平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.H4P2353, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】 腰痛症の原因の1つに胸椎の可動域低下が指摘されている。特に体幹伸展時には,胸椎の伸展制限を可動性の大きい下位腰椎で代償するため,腰椎へのストレスが増大し疼痛を発生させると推測される。このような症例に対して,従来行われている腹臥位での体幹伸展運動では,腰椎で運動してしまい胸椎の可動域を改善することは困難だと考えられる。よって,胸椎の可動域改善を目的とした運動療法の効果を明らかにすることは重要である。本研究の目的は,胸椎の伸展運動を目的とした下部体幹固定での体幹伸展運動が伸展可動域に与える影響を,腹臥位での体幹伸展運動と比較し検証することである。【方法】 対象は,現在腰痛を有さない健常男子学生20名(平均年齢20.4±0.8歳,平均身長172.7±7.1cm,平均体重61.9±7.7kg)であった。無作為に,下部体幹の固定による体幹伸展運動をおこなう群(以下,胸椎伸展群)と,腹臥位での体幹伸展運動をおこなう群(以下,背筋群)に10名ずつ分けた。胸椎伸展群には,腰痛治療器ATM2(BackProject社)を用い,3本のベルトで骨盤および下部胸郭を固定し,運動の抵抗となるベルトを腋窩に通して,体幹の伸展運動をおこなった。背筋群では,日本整形外科学会が推奨する腹臥位での背筋体操をおこなった。それぞれの運動は,3秒間の伸展等尺性収縮を10回おこなった。評価方法は,矢状面における伸展可動域とした。角度の算出のためマーカーをC7,Th7,Th12,L1,L3,L5の棘突起,右腸骨稜最高位,右大転子(最大膨隆部),右大腿骨外側上顆に貼付した。介入の前後で安静時立位と最大伸展を側方からデジタルカメラで撮影した。マーカーを指標に,胸椎角(C7-Th7-Th12),腰椎角(L1-L3-L5),股関節角(右腸骨稜最高位-右大転子-右大腿骨外側上顆),体幹角(C7-右大転子-右大腿骨外側上顆)を算出した。次に各部位において安静立位の値から最大伸展位の値を引くことで,可動域を算出した。統計的処理は,各伸展運動間の差の比較に対応のないt検定を用い,有意水準は危険率5%未満とした。【説明と同意】 実験の対象者には事前に本研究の目的と方法を文章及び口頭で十分に説明し,同意書に署名した者を対象とした。【結果】 胸椎角は胸椎伸展群3.21±3.4°,背筋群-0.04±3.0°であり,有意に胸椎伸展群が大きかった(p=0.036)。腰椎角は胸椎伸展群-0.97±7.7°,背筋群-1.78±5.6°,股関節角は胸椎伸展群1.46±3.0°,背筋群-0.62±3.1°であり,いずれも差は認められなかった。体幹角は胸椎伸展群4.6±5.4°,背筋群-0.42±4.2であり,有意に胸椎伸展群が大きかった(p=0.032)。【考察】 本研究の結果,胸椎伸展群では胸椎と体幹角が運動後に有意に増大した。この理由として,胸椎伸展運動ではベルトで下部体幹を固定したことで上部胸椎の動きを誘発できたことが要因であると考えられる。 胸椎の解剖学的特徴として胸郭の存在があり,頸椎や腰椎と比較して可動域が少なくなっている。胸郭は体幹の動きを円滑にするための運動器であり,胸郭の可動性を保つことは重要である。体幹伸展時には,肋骨の後方回旋が生じ胸郭は挙上する。また,胸郭の挙上に伴い,上位肋骨の運動軸は前額軸に近く挙上に伴い前方に開くが,下位肋骨の運動軸は矢状面に近いため挙上に伴い側方に開き,上位肋骨と下位肋骨で異なる動きをする。つまり,体幹伸展時には胸椎の動きに連動し,下位肋骨は挙上すると共に側方に開く。以上の要因から,胸椎の運動は胸郭のアライメント・可動性の影響を受けやすいと考えられる。よって,本研究で用いたATM2では下部体幹を固定したことで胸郭を扁平させ,胸椎の伸展運動を促すことができたと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 下部体幹を固定した胸椎伸展運動は胸椎の可動域を拡大できることが示唆された。胸椎の伸展制限は腰痛の原因の1つであり,代償的な下位腰椎の過可動性は腰部組織の変性を助長させ,疼痛が生じる。このような症例に対し,理学療法において腰椎部への過剰なストレスを減少させることが機能改善をもたらすと考えられている。よって,胸椎の可動域が増大することで腰椎にかかる負担を軽減できると推察できる。したがって,胸椎伸展運動は胸椎の可動域制限があり,体幹伸展時に疼痛が生じる腰痛症患者の治療に有効である可能性が考えられる。