著者
関口 仁子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.12, pp.912-920, 2015-12-05 (Released:2017-10-05)
参考文献数
40
被引用文献数
1

2体力は2粒子の間に働く力であり,古典論,量子論問わず基本的な力である.また,それがわかれば2粒子(2体系)系の運動は完全に理解することができる.では多粒子系(多体系)の運動ははたしてその2体力の積み重ねだけで説明できるのであろうか?あるいは,3体力といった3粒子以上の系になって初めて効果が現れるような力が存在するのであろうか?近年,原子核物理学ではこの「3体力」の存在が注視されている.原子核の中では数多くの陽子と中性子(これらを核子と呼ぶ)が一辺が1兆分の1cm(1^<-14>m)程度の非常に狭い空間に閉じ込められている.その中で働く核力と呼ばれる力は,湯川秀樹の中間子交換理論に基づき,2つの核子の間に中間子という粒子を交換することで説明される"2体力"として考えられてきた.その一方,2体力の和で表せないような3体力(3体核力)の存在も長らく予想されてきた.一般に3体力は2体力に比べて小さく,実験的な検証は難しい.1990年代,この事情が変わってくることになる.豊富な核子-核子散乱データを精度よく記述する2体の核力が確立し,コンピュータの高速化を背景にその2体力を厳密に用い3核子系以上の原子核を記述するような第一原理計算が実現され始めた.原子核物理は模型を経ることなく核力から原子核・核物質を理解する道具を得たともいえる.その結果,原子核の構造や,中性子星に代表される核物質,また3核子系散乱において,2体力のみでは理論計算と実験・観測値との間に思いのほか大きな差が生じ,3体力を考慮することによって初めてその差が説明できるということが明らかになってきた.これより3体力は原子核の性質を理解する上で欠かせない力である,という新たな視点が生まれることとなった.3核子系散乱である核子-重陽子散乱は3体力の状態依存性(運動量,スピン,荷電スピン)を明らかにする上で有効なプローブである.この系における3体力の最初の明らかな証拠は,高精度実験と3核子系を厳密に記述するファデーエフ理論計算との比較から,核子あたりの入射エネルギーが100MeV付近の散乱微分断面積に見つかった.これをきっかけに,核子-重陽子散乱の高精度測定が理化学研究所のRIBF,大阪大学RCNPのリングサイクロトロン施設をはじめ世界中の実験施設で精力的に実施され,理論との直接比較による3体力効果の定量的な議論が始まった.その結果,現在理論計算で考慮されている3体力(藤田・宮沢型が主要成分)の大きさは基本的には正しいものの,スピン観測量の実験結果から3体力のスピン依存部の記述が不十分であること,また,比較的高いエネルギーにおける後方角度散乱の実験値から,核子の運動量移行が大きい領域で更に新たに短距離型の3体力を考慮する必要がある,などの指摘がされるようになった.核力によって原子核,核物質を統一的に理解しようという研究が進みつつある中,核子-重陽子弾性散乱から得られた結果は,今後,3体力をも含めた核力の解明により精度を高めた議論が必要であることを強く示唆している.