著者
阿部 朝衛
出版者
一般社団法人 日本考古学協会
雑誌
日本考古学 (ISSN:13408488)
巻号頁・発行日
vol.14, no.23, pp.1-18, 2007-05-20 (Released:2009-02-16)
参考文献数
70

現代人の利き手の約90%は右であり,とくに左右非対称の作業の時には,主としてその右手が用いられ,左手はその補助的役割を果たす。明らかに手は機能分化している。人類の進化とともに利き手は発達してきたと考えられる。したがって,この利き手の発達,機能分化はいつから始まったのかと問うことは自然である。こうした問題意識からの論考はいくつかあるが,その研究内容は,今まであまり紹介されてこなかった。そこで,主に旧石器時代人の利き手に関する研究を検討してみた。その結果,利き手研究の歴史は意外に古く,多くの重要な視点があることがわかった。同時に,その研究方法にはいくつかの課題が見出された。それらを統合すると,今後は,次の要件からの検討が必要である。(1)適切な資料・属性を選択し,その分析結果を的確に表示・図示する。技術形態学的方法を援用しながら,利き手に関する適切な属性の抽出と分析が必要である。(2)道具・対象物と手あるいは身体との相対的位置関係とその変化を把握する。技術形態学的方法に加えて,機能形態学の方法も必要である。(3)利き手を判断する際に,運動学的あるいは解剖学的・人間工学的観点からみて,経済的・効率的かつ安全な動作を基準とする。それらを無視するような動作とその結果物は,分析対象として適当ではない。(4)全体的には,製作使用実験,使用痕研究,民族誌の成果を参考とすることは当然であるが,運動学・解剖学・人間工学的成果の援用が必要である。上記の条件を満たすならば,資料が増加している現在にあって,十分に利き手を推定することは可能である。この利き手研究は,運動システムを背景とした動作によって残された遺物を研究し,行動学上での位置づけを行う上で重要な役割を担うものであり,当然,他の時代でも無視できない分野であろう。