著者
青山 龍美 早川 雅司 木下 東一郎 仁尾 真紀子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.6, pp.376-380, 2014-06-05 (Released:2019-08-22)

電子やミュー粒子はスピンに伴う磁気能率を持ち,その大きさはボーア磁子を単位としてg因子で表される.g因子はDiracの相対論的量子力学による値g=2から仮想光子の量子効果により0.1%ほどずれ,これを異常磁気能率(g-2)と呼ぶ.電子の異常磁気能率は最も精密に測定されている物理量の一つであり,理論的には量子電気力学(QED)でほぼ説明できることから,高精度理論計算を通じてQEDの精密検証を与えてきた.最新の測定値はハーバード大グループによる円筒形のPenning trapを用いた実験で得られたもので,0.24ppb(ppb=10^<-9>)もの精度に達している.理論計算もそれに見合う精度まで進める必要があり,摂動論に基づく高次項の評価が急務であった.著者らのグループは数値的手法により摂動の10次項の完全な決定を行い,結果として電子g因子について10^<-12>のオーダーまで測定値と理論計算が一致することをみた.この精度までQEDの正しさが検証されたと言える.他方,QEDの理論が正しいとすると,QEDの結合定数である微細構造定数αの値を測定値と理論計算から求めることができる.その値は0.25ppbの精度を持ち,他のどの決定法によるものより精度の高い値である.電磁気的な相互作用は多岐にわたる物理現象に現れることから様々な決定法があり,これらの値が互いに無矛盾であるかは,QEDの正しさを検証するもう一つのアプローチとなる.電子の約207倍の質量を持つレプトンであるミュー粒子の異常磁気能率も0.5ppm(ppm=10^<-6>)の高い精度で測定されている.測定値と,QEDを含む素粒子標準模型からの理論値の間に約3σの差が見つかり,標準模型を超える新物理を探るプローブの一つとして注目されている.そのような議論の前提として,大半を占めるQEDの寄与を高精度に求めることが不可欠である.QED摂動論の10次項の決定と8次項の精度の改良により,QEDからの寄与は現在の測定の不確かさの1/1,000まで求まり,目下準備中の次の実験による測定精度の向上にも十分対応できると言える.理論値で最も不確かさの大きい寄与はハドロンの効果によるもので,標準模型との差を議論する上でこの寄与の精度の向上が現在の主要な課題である.QED摂動論を数値的に行うにあたって,著者らの手法は,中間くりこみの処方を用いて計算の各段階で発散量があらわに現れないようにするものであり,それによって計算機上での数値計算が可能になる.摂動の10次に寄与するファインマン図形は膨大かつ複雑であるが,これを系統的に扱う手法を開発した.著者らが約10年にわたって進めてきたQED摂動論の数値的研究について紹介する.