著者
森 篤志 馬場 直義 池田 由美 三田 久載
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, 2008-04-20

【はじめに】運動麻痺は軽度であったにも関わらず、ゲルストマン症候群(左右識別障害・手指失認・失書・失算)・失行症(模倣困難)に加え、上下肢の表在・深部覚に重度の感覚障害を有した症例に対し認知運動療法を試みた。その結果、症例の主観的な報告から左右の障害がある患者の空間認識における知見を得たのでここに報告する。<BR>【症例紹介】67歳、男性。2007年5月9日、言葉の出難さ、右半身の脱力にて発症。画像所見は、MRI上で左前頭頭頂円蓋部、中心後回に沿った皮質に多発性の急性梗塞、左レンズ核、尾状核頭部に陳旧性梗塞を認めた。来院時意識レベルJCSI-3、指示には応じるが発語は少なく運動性失語の状態であり、またゲルストマン症候群・失行症が見られた。麻痺はBrsにて右上下肢・手指VIレベルで、歩行は可能だが軽度分廻し様の歩容を呈した。感覚障害は、右下肢に軽~中等度鈍麻、右上肢・手指に中~重度鈍麻が存在していた。しかし身体状況について尋ねると「手も足も特に問題ないです」と答えた。<BR>【病態と解釈】自己の右側と左側の認識が可能かどうかについて確認するために、セラピストが触った部位が自分の右手か左手かを答える課題を実施した結果、自己の左右方向の認識困難であった。そこで、なぜ困難かについて症例に問うと「自分の右手と言っても、その手を右方向に動かせば右だし、左方向に動かせば左だから、どちらが自分の右でどちらが自分の左だかが分からなくなってしまう」と報告した。次に、盤上に書かれた横棒線を見て、セラピストに言語指示された方向(右・左)へ指でなぞるといった、視覚情報を基にした方向の認識課題を実施した結果、指示通りに横棒上を左・右方向へ正しくなぞることができなかった。なぜ困難かについて症例に問うと「線を辿るとき、一辺の端から始めるのか、一辺の中心から始めるのかが分からなくなってしまうため、どちらの方向に進んで良いか分からなくなってしまう」と報告した。<BR>【考察】訓練課題で観察されたエラーと症例自身の報告から、症例は発症により身体図式の変性が起こったことで、自己の身体空間の認識が障害されたのではないかと考えた。そして身体空間の認識障害によって、自己中心座標と物体中心座標の混同が起こり、空間での方向認識(視覚情報を基にした方向の認識困難、体性感覚を介した運動方向認識困難)にエラーが生じていたのではないかと考えた。この考えの基、自己の空間及び自己と外界との空間の統合(マッチング)を要求する課題を中心としたアプローチを実施した結果、視覚及び体性感覚を介した方向認識にある程度の改善を認め、結果として歩容の改善も見られた。このことより空間を認識する課題が、変性した身体図式の再構築をもたらし、身体空間の認識能力を改善させたのではないかと考えられた。<BR>
著者
馬場 直義 森 篤志
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI1196, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 ジストニアは姿勢異常や捻転、不随意運動など日常生活動作を行う上で大きな阻害因子となる運動障害を主徴とする。梶はジストニアを「異常な反復性または捻転性の筋収縮により特定の動作や姿勢が障害される病態」と定義している。有病率はパーキンソン病の約1/5の頻度で、病変の広がりにより局所性・分節性・全身性に分類される。その特徴として特定部位への知覚入力やその変化が異常な筋収縮を改善させる知覚トリックが挙げられる。この知覚現象は運動の制御に際して固有知覚入力に対する運動出力の不適合が存在することを反映しており、外的な知覚入力により不適合が補正されると考えられている。 今回、パーキンソン病により分節性に右上肢下肢にジストニアを呈し、特に足関節に強い内反をきたし、知覚トリックによる即時的な補正が有効ではなかった症例を経験した。そこで即時的効果による補正ではなく、感覚の学習によって知覚入力に対する運動出力の不適合が補正され、ジストニアの異常な筋収縮が改善されるかについて検討した。【方法】 端座位をとらせた対象者の足底と床の間に素材や形状は同じだが硬さの異なる2種類のスポンジを挿入し、足底(一部、足背)と接触させ、足関節の底屈・背屈、内返し・外返しを自動運動で行わせることにより、スポンジの硬さを識別する課題を実施した。研究方法は課題介入期、通常の理学療法による非介入期がそれぞれ10日間のBA法とし、各40分間で週5回の介入とした。 課題において対象者はプラットホームにて端座位を保持し、左右の足底面は十分に床に接地可能な状態とした。スポンジの硬さを比較する部位の組み合わせは、左右の足底、右足足底の内側と外側、右足足底前足部と踵部、右足足底前足部と右足足背の4パターンとし、それぞれ20回、2種類のスポンジの硬さの違いを識別させた。スポンジは3種類(硬い・中間・軟らかい)の硬さの異なるものを用意し、段階的にその組み合わせを変え難易度を上げていった。 介入前、介入期後、非介入期後の3回、足関節の関節可動域測定(自動)、足底の二点識別測定、Mini Mental State Examination(以下MMSE)、自画像描写、内省報告の各測定結果を分析した。【説明と同意】 対象者とご家族には発表の趣旨と目的を説明し、書面にて同意を得た。【結果】 介入期後では介入前より関節可動域で右足関節背屈が10°改善。二点識別測定では1~3mmの認識距離の短縮。MMSEでは24/30点から30/30点と短期記憶に改善がみられた。自画像描写においては右上肢の書き損じがなくなり、四肢が描かれて具体的となった。内省報告では介入前は右下肢を「捨ててしまいたい足」といった内容であったが、介入後は「足の中からあぶくが出てくる」とより具体的な内省をされるように変化した。歩行に関しても介入前は内反足にて立脚時に前足部外側のみの接地しか出来なかったが、介入後はほぼ足底全面の接地が可能となった。 非介入期後では介入後より関節可動域で右足関節背屈が5°改善。MMSEでは26/30点と若干の短期記憶に低下みられた。内省報告は「大事にしなければね」などと愛護的な言葉が聞かれるようになった。二点識別測定、自画像、歩行には著明な変化はみられなかった。【考察】 ジストニアは姿勢異常や捻転、目的動作に対する不随意運動を主徴とし、本態は外界からの感覚情報や脳内の運動指令を統合して、適切な運動準備状態を作成する過程の異常であると考えられる。その特徴の1つに知覚トリックが挙げられる。知覚トリックは本来であれば必要でない感覚刺激を行うことにより、障害された運動感覚連関に何らかの補正が行われることで成立すると考えられている。本症例では知覚トリックによる即時的効果はなかった。しかし「特定部位への知覚入力やその変化が異常な筋収縮を改善させる」といった知覚トリックの知見をもとに、対象者に足底でスポンジの硬さの違いを識別させ、感覚の学習によりジストニアによる異常な筋収縮が改善するかという目的で理学療法介入を行った。その結果、足関節背屈可動域の拡大、二点識別測定での認識距離短縮、歩容の改善に繋がった。これは、学習により足部からの適正な情報入力が可能となったことで運動感覚連関の適正化が図られたことによるものと考えられる。また、非介入期後においても改善の持続が認められたことより、介入による学習効果が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 ジストニアに対する先行研究は少ない。今回、即時的効果ではなく、感覚の学習によりジストニアの異常な筋収縮が改善する可能性が示唆された。今後は症例を重ねて検討していく必要がある。