著者
中川 繭 高橋 香穂理
出版者
一般社団法人 日本生物教育学会
雑誌
生物教育 (ISSN:0287119X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.58-65, 2019 (Released:2019-08-14)
参考文献数
33

花器官ABCモデルは花器官がホメオティック変異を起こしたシロイヌナズナとキンギョソウの変異体の表現型の解析から提唱された,被子植物の花を構成する4つの花器官(がく片,花弁,雄しべ,心皮)の形成が3つの遺伝子グループによって制御されるという仮説である.花芽分裂組織を同心円状に4つの領域に分け(外側から領域1,2,3,4とする),花器官を形成する3つの遺伝子グループが隣接する2つの同心円領域で働くとする.領域1と2で働く遺伝子をクラスA遺伝子,領域2と3で働く遺伝子をクラスB遺伝子,領域3と4で働く遺伝子をクラスC遺伝子とし,クラスA遺伝子のみが働くとがく片が形成され,クラスA遺伝子とクラスB遺伝子が働くと花弁が,クラスB遺伝子とクラスC遺伝子が働くと雄しべが,クラスC遺伝子のみが働くと心皮が形成される.また,クラスA遺伝子とクラスC遺伝子は互いの働きを抑制し,クラスC遺伝子は花の有限性の維持にも働く.2009年の高等学校学習指導要領に対応したすべての高校生物の教科書でABCモデルは取り上げられ,仮説の理解を助けることを目的としてクラスA, B, C遺伝子が欠損した変異体の花の構造図が掲載されている.これらの花の構造図は花の縦断面図と花式図と呼ばれる横断面図の両方が取り入られている.仮説を提唱した論文には変異体花の縦断面図が記載されているが,花式図は適切な資料が存在しない.しかし,変異体の表現型から仮説の構築を試みる観察実験の材料としてABCモデルを用いる場合,縦断面図より花式図の方が描きやすく,花の同心円領域の把握も容易である.そこで,観察実験の手引きとなることを目的としてシロイヌナズナのクラスA, B, C遺伝子の機能が欠損した変異体と二重三重変異体の花式図を作成した.さらに,シロイヌナズナの結果を踏まえ,思考実験の材料として概念的な5弁花1心皮花のクラスA, B, C遺伝子の機能欠損体の花式図の作成を試みた.
著者
中川 繭 高橋 香穂理
出版者
一般社団法人 日本生物教育学会
雑誌
生物教育 (ISSN:0287119X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.50-57, 2019 (Released:2019-08-14)
参考文献数
13
被引用文献数
1

花器官ABCモデルは,被子植物の花が外側からがく片,花弁,雄しべ,雌しべ(心皮)の順に4種類の器官が並ぶ仕組みを遺伝子レベルで明快に説明する簡潔かつ大変美しい仮説である.シロイヌナズナのホメオティック変異を起こした花の変異体の解析により,3つの遺伝子グループ(クラスA, B, C)の発現の組み合わせによって4種の花器官の形成が決まることを示したこの仮説は,2009年の高等学校学習指導要領改訂後,すべての高等学校理科「生物」の教科書で取り上げられている.しかし,多くの教科書で遺伝子領域と形成される花器官のモデル図と変異体の花の構造図や写真に相違が見られたことから,ABCモデルが植物の発生と遺伝子の働きについての例として適切に説明されているか疑問が生じた.そこで,教科書および副読本においてABCモデルがどのように説明されているかについて,被子植物の花の構造と同心円領域の概念,3つの基本ルールの記載,遺伝子領域と花器官の形成についてのモデル図と花の構造図に注目して調査した.その結果,すべての教科書で遺伝子の機能領域と形成される花器官を示すモデル図が記載されているが,その仮説の構築に使われたクラスA, B, C遺伝子の欠損体花の構造図として示されている図の多くが実際の花と異なっていることがわかった.これは主に,ABCモデルは3つの基本ルールによって成り立つことが理解されていない,特にクラスC遺伝子が花の有限性の維持に働くことが認識されていないこと,シロイヌナズナの雌しべは2枚の心皮が合着していることが説明されていないことの2点が原因と推測された.そこで,今後ABCモデルを高校生物で取り上げるのであれば,被子植物の花器官が同心円状に存在し,外側からがく片,花弁,雄しべ,心皮が形成されること,雌しべは心皮が融合または合着したものであることを説明した上で,クラスA, B, C遺伝子の欠損体の表現型(実験結果)からモデル(仮説)を構築し検証する観察実験,またはモデルを踏まえた思考実験として変異体の表現型を示すことを提案する.