著者
高野 利彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Eb0644, 2012

【はじめに、目的】 年々、当施設を利用している利用者の介護度は高まっており、社会全体としても今後も高まっていくことが予想される。それに伴い、車いすを使用する利用者が増加しており、車いすに関する問題も増えてきている。その問題の一つとして、車いすのスリングシートのたわみの悪影響があげられる。木之瀬は、骨盤が後傾した滑り座りになるのは車いすのスリングシートの影響が大きいとし、車いすの駆動にも悪影響を及ぼすと述べている。筆者は第46回日本理学療法学術大会において、第1報として車いす座面シートのたわみ(以下たわみ)が駆動速度やズレ度に与える影響について調査・報告したが、たわみの影響は明らかにならなかった。その原因として、ベニヤ板の有無に関わらずクッションにより接地面が広くなっていたこと、ベニヤ板の有無での座面の高さの差が多かったことが考えられた。そこで本研究では、第1報での反省点を踏まえ、たわみの有無での座面の高さの差を軽減するとともに座面の材質を同一かつ殿部との接地面が広くなりすぎない状況を作り駆動速度の測定を行ったところ、たわみの有無での影響がみられたためここに報告する。【方法】 対象は当施設職員14名(平均年齢27.8±9.2歳,男性名26.6±5.6歳,女性2名32.0±15.1歳)とした。まず上肢長(肩峰~中指先端)を測定し、たわみ有りの車いす(座面に2cmのチップ材を敷いたもので前座高41~44cm)もしくはたわみ無しの車いす(座面にスタイロフォームで作成したたわみを埋めるものと、1cmのチップ材を敷いたもので前座高43cm)のどちらかに乗車してもらった。どちらに先に乗車するかは、被験者毎に交換した。10mの駆動の練習を1回実施した後に、浅沼らの車いす駆動能力評価6)を用い,キャスターをスタートラインに接地させた時点から5m先のゴールラインにキャスターが接地した時点までの所要時間をストップウォッチで計測した。その際,両上肢で全力での駆動を3回実施してもらい所要時間を測定した。3分間の休憩を入れ、たわみの有無を変更し同様に測定を実施した。統計処理は,たわみの有無それぞれの駆動速度の平均値、最速値の比較を対応のあるt検定にて行った。なお統計学的有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者本人に対し,本研究の目的と内容を説明し同意を得たのち実施した。【結果】 駆動速度は、たわみ有りの車いすでの平均値1.66±0.18m/s、最速値1.71±0.18m/s、たわみ無しでの平均値1.72±0.21m/s、最速値1.78±0.22m/sであり、平均値と最速値に有意差がみられた(p<0.05)。【考察】 仮説としては、たわみにより骨盤の不安定性や後傾位となることですべり座りとなり、駆動速度が減少すると考えた。本研究の結果では、平均値と最速値の両者において有意差がみられた。浅沼らにより、車いす駆動能力評価の平均値、最速値の信頼性が認められており、森田らにより最速値にて検者内信頼性や妥当性が認められている。そのため本研究の結果からたわみによる悪影響が示唆された。対象は健常成人であったが、たわみにより姿勢が変化し、上肢や体幹の動きに悪影響をもたらしたと考えられた。しかし、何名かはたわみ有りのほうが座り心地がよく、駆動しやすく、駆動速度も速い結果がみられた。駆動速度が速かった原因として、たわみにより骨盤後傾し、バックサポートによりかかることで姿勢が安定したことが考えられた。また座り心地については、座面の高さを合わせるためにたわみ有りの車いすではチップ材を厚くしたことで柔らかさにつながったことや、たわみ無しではチップ材の下にスタイロフォーム(断熱材)があることで硬く感じられたこと、普段の姿勢の個人差により、たわみにより骨盤が後傾した方が心地よいと感じられたことなどが原因と考えられた。本研究ではたわみにより駆動速度が低下することが示唆され、車いす駆動について考える際に、たわみの悪影響を考慮していくことが必要と考えられた。今後もたわみを含めた車いすを取り巻く問題を調査し、その対応を考えることで当施設の利用者への対応につなげていきたい。【理学療法学研究としての意義】 車いすの座面シートのたわみに対して着目した研究はみられるが、座面シートのたわみと駆動速度の比較研究は多くない。また、施設では車いすの老朽化に伴いたわみが増大している場合がみられ、そのような車いすが施設利用者に悪影響を与えていることを証明するためにも意義があると考える。