著者
髙山 慶子
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.222, pp.53-80, 2020-11-30

お竹大日如来とは、江戸で下働きをしていた竹という名の女性が、大日如来として出羽国に祀られたものである。幕末の江戸の落語家である入船扇蔵が収集した摺物を貼り合わせた『懐溜諸屑<ふところにたまるもろくず>』には、嘉永二年(一八四九)にお竹大日如来の出開帳が江戸で行われた際に版行された単色墨摺りの一枚摺「於竹大日如来縁記(起)」が貼り込まれている。本稿はこの一枚摺を手がかりに、お竹大日如来の由来や成り立ち、およびお竹大日如来を取り上げた摺物や関連する出版物を検討し、江戸庶民の信仰や文化のありようを摺物に着目して明らかにするものである。分析の結果、お竹大日如来は由来や成り立ちに厳密な正確さを欠くこと、それでも広く受容される神仏になったことを指摘した。嘉永二年の出開帳に際しては大量の出版物が版行されたが、複数の業者が販売目的で作成した縁起は記述が一定せず、内容の不正確さは助長されたと考えられる。また、お竹大日如来には娯楽としての役割も期待され、錦絵などの一枚摺の版行だけではなく、お竹大日如来に関する創作が著されたり、お竹大日如来を「おためだいなしわるい」と滑稽化したり、大日如来ならぬ大日用菩薩として見世物とされたりした。江戸の人びとはお竹大日如来を信仰としてだけではなく、むしろ信仰以上に娯楽として受容したが、多種多様な出版物の流布は、信仰と娯楽(聖と俗)の混交という現象を、進行・助長させる役割を担ったと考えられる。