著者
鵜野 ひろ子
出版者
神戸女学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

エミリ・ディキンスンは1850年代、新聞から日本について、さらにはペリーの遠征当時国会議員であった父親から直接、日本を力づくでも開国させようという米国の外交政策について知っていた。それが1860年以降の彼女の隠遁という生き方に影響を与えたことがわかった。それについての論文は『エミリ・ディキンスンの詩の世界』に掲載した。1850年代の資料収集に時間がかかったので、彼女の1860年代、70年代の、クラークや新島との関係についての資料収集が中途半端に終わった。