著者
鹿瀬 颯枝
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.173-190, 1990-12-20

フランス・ロマン派全盛時代、地理的にはイタリア、スペインへ、歴史的にはルネッサンスの世紀へと、「異国逃避」の傾向がみられた。こうした状況の中で、ミュッセは、幼年期から既にラテン語、イタリア語を解し、未だ訪ねたことのないイタリアに、理想郷を求めて、ダンテ、ペトラルカ、ボッカチオ、バンデロとイタリア文学に没頭、まもなくミュッセ劇の舞台は、ルネッサンス期のイタリアが中心となる。1833年末、初めてこの理想郷を旅するミュッセであるが、既にイタリアを舞台とした作品は『ヴェニスの夜』(1830年)『アンドレ・デル・サルト』(1833年)、『マリアンヌの気まぐれ』(1833年)と発表されていた。又、これまで長い間、イタリア滞在中に作品化されたといわれてきた『ロレンザッチョ』も、実は、イタリア出発前に大半が書き上がっていた。現実のイタリアを知りつくした後も、ミュッセは祖国愛に似た思いで、彼独自のユートピアのイタリアを描き続けた。その背景にあるものは一体何か。主要な作品がイタリア訪問前に書かれている点に注目してその意味を追求した。