著者
氏家 理恵
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.25-40, 2001-10-15
著者
安酸 敏眞
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.179-192, 1994-01-20

From 1774 onward G. E. Lessing, as librarian of the famous Herzog August Bibliothek at Wolfenbüttel, published a series of manuscripts and other holdings which he had discovered in the Library. Among them were the Fragmente eines Ungenannten. The publication of these fragments aroused a heated controversy because of the unusually critical ideas contained in them. Many theologians and clergymen hysterically responded with severe attacks on the unnamed author. But J. M. Goeze, who was reviled as "the Papst Hammoniens" or "der Inquisitor", reproached not so much the unnamed author as the editor of the fragments for the circulation of blasphemous ideas. Lessing bravely counterattacked the inquisitor. Hence the face-to-face confrontation between Lessing and Goeze. The purpose of this study is to examine the first phase of the controversy with the aim of shedding light on the real motive of Lessing and Goeze.
著者
丸山 久美子
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.47-60, 2004-03-25

As we approach the latter half of the twentieth century, many social problems have arisen on a sale that affects our world, especially in American society. There is vague anxiety everywhere in modern life, especially in family relationships. Presented here are results obtained from a survey of American university students on actual conditions in the days of 1983, considered in the light of extreme individualism, the base is for the American spirits and ethos. Problems considered include changes in family structure such as the fact that the traditional nuclear family of husband, wife and children is no longer considered to be the basic family structure in the U.S., due to new types of family structure, and such as gay couple families which include adapted children and children are reduced through artificial insemination, which are new beginning to be accepted, and so on. This study highlights aspects that have a bearing on social life in the twenty-first century which are discussed from the viewpoints of clinical social psychology.
著者
河島 茂生
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.1-15, 2013

本論文は,オートポイエーシス論に基づきながら,ネットゲーム依存の問題を検討している。これまで心理学的もしくは精神医学的なアプローチでの取り組みがなされ,対策も講じられてきた。しかし,情報学の基礎理論でもあるオートポイエーシス論を援用した分析はほとんど見られない。そこで本研究は,オートポイエーシス論の視座からネットゲーム依存を考察することにした。この方法を採ることにより,人間の心理において現実と虚像の境界が原理的に曖昧である点が指摘でき,またネットゲームだけにのめり込む危険性も考察することができた。さらには,インターネット依存から身をかわす一契機を見出すことが可能となった。This paper discusses online gaming addiction, based on the theory of autopoiesis. Several studies have been made on internet addiction from the psychiatric or psychological point of view. However, there has been no study from the perspective of autopoietic theory. Therefore, this paper examines online gaming addiction from the stance of autopoietic theory. In taking this approach, it is pointed out that the boundary between reality and virtual image is ambiguous in human mentality. Furthermore, the risks which stem from being engrossed in online gaming are considered. Finally, opportunities for curing online gaming addiction are explored.
著者
丸山 久美子
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.189-218, 2004-03-25
著者
丸山 久美子
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.29-38, 1992-12-20

20世紀末今日、地球は病み、人類はもとより、多くの生態系に歪みが生じ、この時代に青春をむかえる青年の心は、さながら、「アザゼルの山羊」の如くに、荒野を彷徨する孤独な山羊を思わせる。5年前の調査と今回の調査において根本的に異なるのは「死に方の選択」に男女差がみとめられることである。半数は前回と異ならず、男女ともに「自然死、老衰」を選ぶが、第2番目に選択された項目は男子が「自殺・自死」、女子は「殉職(職務執行中の死)」である。ここに従来までにない時代の影響を見ることが出来る。先の見通しもなく、希望もないのに、非現実的な楽感主義(ネアカ志向)をみずからの内にとりこみながら生きつづけなければならないこの時代の青年達の嘆きと潜在的危機感(リスク認知)が濃厚である。
著者
渡辺 正人
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.187-196, 2006-03-27

In current Japanese culture, the rise of one particular subculture has been especially conspicuous in recent years. The "hobby-world" (called otaku in Japanese) has been a powerful social force which has transformed Akihabara, the electronics discount district fo Tokyo. It has been the birth of a new community: "community through hobby/interest." The influence of this subculture is reflected in the novels of Haruki Murakami.
著者
村瀬 天出夫 伊藤 博明 小野 純一 中西 悠喜 平井 浩
出版者
聖学院大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2022-04-01

イスラム圏および西欧圏という地中海の東西二大文化圏における双方向的な魔術思想の交流を扱う。魔術は「自然の操作」という観念のもとに、近代以前の「知の歴史」に多大な寄与をなし、実験科学の興隆や人間観・自然観の形成に影響を与えた。その背景には中世・近世にかけて両文化圏をまたぐ魔術思想の交流があった。対立的(「イスラム対キリスト教」)と捉えられがちな両者の関係を、相互依存的・相互発展的な知の往来という観点から包括的に明らかにする。そのために、分断されている現在の研究潮流の統合を試みるとともに、当時の「魔術的知」の伝統と「自然の操作」の観念が現代へ連なる「近代世界」を準備した重要な要因であることを示す。
著者
安酸 敏眞
出版者
聖学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

本研究は、「万有在神論」(Panentheismus)について検討し、その思想的特質を剔抉することを目指した。当初の計画では、(1)セバスティアン・フランク、(2)レッシング、(3)フェヒナー、(4)トレルチ、(5)プロセス思想家、(6)西田幾多郎を取り上げる予定であったが、三年間で纏まった結論を得るには無理があることがわかったので、(1)、(2)、(4)を重点的に研究し、また新たにK.C.F.クラウゼを加えることにした。本研究によって明らかになったことは、(1)この用語がクラウゼによって1828年に造語されたものであること、(2)この概念は神の世界超越性と世界の神内在性を同時に主張しようとしており、したがって汎神論とは一線を画すものであること、(3)クラウゼ自身は"Panentheismus"以外に、"Allingottlehre"という用語も用いていること、(4)「万有在神論」は、ユダヤ・キリスト教的超越神論とストア主義的汎神論(あるいはスピノザ主義的内在論)を総合するような立場を目指していること、(5)しかし汎神論との区別はもとよりきわめて微妙であり、この立場は有神論の側からつねに汎神論の嫌疑をかけられてきたこと、などである。しかし「万有在神論」のモチーフは新約聖書の中にも見出され、また神秘主義やスピリチュアリスムスの系譜にもその方向性を示唆するものが少なくない。その一例をなすフランクの立場はしばしば汎神論と見なされているが、本研究によればむしろ「万有在神論」として捉えられるべきである。レッシシングの立場は"Panta-en-theismus"と名づけうるような独自の特質を備えている。トレルチの神概念は「万有在神論」の方向を示唆しているが、未だ概念的明晰さを欠いている。「万有在神論」の現代的妥当性を擁護するマッコーリーは、それに代えて「弁証法的有神論」(dialectical theism)という用語を提案している。今後の課題は、キリスト教的な「万有在神論」と東洋的なそれとの間の思想的相違を究明することである。
著者
森下 みさ子
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.17-31, 2007-10-31

On December 16, 1997, many children watching the TV animated cartoon Pocket Monsters suffered seizures. As a result, a big shock called the "Pokemon Panic" spread across Japan. Although adults knew it was caused by TV stage effects, children did not believe that. In this paper, the writer tries to ascertain why these characters are still so attractive to children.
著者
渡辺 正人
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.249-260, 2009-03-31

"Youkai Manga", reflect changes in the human spirit and society from the post-war era to the present day. Mizuki Shigeru's Gegege no Kitaro, exemplifies the beginning of these changes. Contemporary "Youkai Manga" reflects the psychology of young people.
著者
鹿瀬 颯枝
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.173-190, 1990-12-20

フランス・ロマン派全盛時代、地理的にはイタリア、スペインへ、歴史的にはルネッサンスの世紀へと、「異国逃避」の傾向がみられた。こうした状況の中で、ミュッセは、幼年期から既にラテン語、イタリア語を解し、未だ訪ねたことのないイタリアに、理想郷を求めて、ダンテ、ペトラルカ、ボッカチオ、バンデロとイタリア文学に没頭、まもなくミュッセ劇の舞台は、ルネッサンス期のイタリアが中心となる。1833年末、初めてこの理想郷を旅するミュッセであるが、既にイタリアを舞台とした作品は『ヴェニスの夜』(1830年)『アンドレ・デル・サルト』(1833年)、『マリアンヌの気まぐれ』(1833年)と発表されていた。又、これまで長い間、イタリア滞在中に作品化されたといわれてきた『ロレンザッチョ』も、実は、イタリア出発前に大半が書き上がっていた。現実のイタリアを知りつくした後も、ミュッセは祖国愛に似た思いで、彼独自のユートピアのイタリアを描き続けた。その背景にあるものは一体何か。主要な作品がイタリア訪問前に書かれている点に注目してその意味を追求した。
著者
寺﨑 恵子
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 = The journal of Seigakuin University (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.1-16, 2016

青年期の特徴を表す用語として,「第二の誕生」がある。この語は,ジャン=ジャック・ルソーが『エミール または教育について』(1762 年)の第4 篇で用いた。第二の誕生は,ライフサイクルにおける,子どもから大人への変成という節目における移行の状況を説明する用語であり,また,人間発達における危機的で根元的な転換点を説明する用語である。ルソーは,こうした第二の誕生という閾の過渡的な状況において「わたしたちの教育」が必要であることを説いた。彼の言う「教育」は,学校教育を意味していない。むしろ,それは消極的教育,つまり,生態的で発生的な自然を地とする意味をもっている。彼は,教育の原義を示し,青年期における第二の発展状況を,言葉の起源である情念のありように把握して明らかにした。本稿は,第二の誕生と教育の連関について,ルソーの言説の内実を明らかにするものである。 We know the term "the Second Birth" that represents the characteristics of adolescence. Jean Jacques Rousseau described this concept in his book, Emile , Book 4. The Second Birth refers to the process of transformation of a child into an adolescent, a life cycle in which the development of personality reaches a critical and radical turning point. Rousseau insisted on the need for education in that liminal and transitional period. For Rousseau, the term education didn't indicate a scholastic education, but rather an education which, due to its ecological and generative nature, is negative. He declared the original meaning of education, and elucidated the second developmental stage of personality relative to the origin of language, or passion. This article describes Rousseau's concepts of the second birth and education.
著者
近藤 存志
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学論叢 (ISSN:09152539)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.125-138, 2007-03-30

イギリス国会議事堂が1834年に焼失したことから,その翌年,ゴシック様式ないしはエリザベス朝様式による議事堂の再建に向けた設計競技が開催された。審査を経て1836年の1月に発表された当選案は,新古典主義の建築家として知られたチャールズ・バリーのゴシック様式でまとめられた設計案であった。この設計競技でのバリーの勝因をめぐっては,若いゴシック・リヴァイヴァリスト,オーガスタス・ウェルビー・ノースモア・ピュージンを「アシスタント」として雇用したことが功を奏したと考えられている。しかしこのピュージンの雇用をめぐっては,「単なるアシスタント」から「影の建築家」まで,その具体的な役割についてこれまで諸説伝えられてきた。19世紀当時のイギリスにおいても,ピュージンの働きは装飾のデザインや設計図面の作成を担当する補助的なものであったと考える人々がいた一方で,新古典主義建築を得意とするバリーに変わって,実際の設計はほとんどすべてピュージンの手によるものであったと主張する人々もいた。そしてこの二人の関係は後に,「新しいイギリス国会議事堂の本当の建築家は誰であったか」という前代未聞の,そして未だに明確な答えが得られていない論争を生み出すことになった。本稿は,ピュージンとバリーの死後,主としてピュージンの息子で自らもゴシック・リヴァイヴァルの建築家であったエドワード・ピュージンとチャールズ・バリーの息子で後にシドニー主教となったアルフレッド・バリーの間で繰り広げられた「イギリス国会議事堂の本当の建築家は誰であったか」をめぐる論争の全容を明らかにしようとするものである。その際,特にエドワード・ピュージンとアルフレッド・バリーが1860年代に相次いで出版した3冊の小冊子,すなわち1867年にエドワード・ピュージンが出した『イギリス国会議事堂の本当の建築家は誰か─チャールズ・バリー卿の手紙とオーガスタス・ウェルビー・ピュージンの日記に見出される真実の記録』(Who Was the Art Architect of the Houses of Parliament: A Statement of Facts, Founded on the Letters of Sir Charles Barry and the Diaries of Augustus Welby Pugin)とアルフレッド・バリーがこれに対する反論としてその翌年に出版した『新ウェストミンスター宮殿の建築家─エドワード・ピュージン氏への回答』(The Architect of the New Palace at Westminster: A Reply to the Statements of Mr. E. Pugin),そしてさらにこれに応じる形でエドワード・ピュージンが同じ年に出版した『イギリス国会議事堂に関するE・W・ピュージンの「見当違いな主張」に対してアルフレッド・バリー司祭が示した回答について』(Notes on the Reply of the Rev. Alfred Barry, D.D. to the "Infatuated Statements" Made by E. W. Pugin, on the Houses of Parliament)の内容を中心に検討している。
著者
金子 晴勇
出版者
聖学院大学
雑誌
聖学院大学総合研究所紀要 (ISSN:09178856)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.107-133, 2011-03-30