著者
黄 慰文
出版者
THE JAPANESE ARCHAEOLOGICAL ASSOCIATION
雑誌
日本考古学 (ISSN:13408488)
巻号頁・発行日
vol.6, no.8, pp.1-10, 1999

本文は中国の前期・中期旧石器考古学の最新の成果について報告し,それらに若干の考察を加えるものである。それは次の3つにまとめられる。<BR>(1)前期旧石器考古学の近年の最大の成果は,古地磁気法などによって180万年前(オルドバイ正磁極亜期),あるいはそれを溯る遺跡が発見されたことである。それが安徽省人字洞(200~240万年前),重慶市龍骨坡,河北省小長梁である。180万年前という年代は,東アフリカで人類が原人に進化した頃にあたり,人字洞の推定年代に至ってはホモ・ハビリスの段階に併行する。この年代における初期人類の存在は,世界の考古学界と人類学界の主流の学説に矛盾するが,それが事実とすれば,原人がユーラシアへ拡散した年代が溯る,あるいはその主人公がホモ・ハビリスなどかもしれないという新たな仮説を提唱することになろう。<BR>(2)モビウス氏が50年前に前期旧石器時代の旧大陸を「ハンドアックス文化圏」と「チョッパー―チョッピング・ツール文化圏」とに分けたモビウス・ラインは存在しない。アジアが属するとされた後者の文化圏は,気候変動が乏しく人類への圧力が弱かったので,文化的に停滞していたと見なされてきた。第四紀学と考古学の研究の進展によって,アジアの気候変動も他の地域と同様に激しかったこと,そしてアジアにもハンドアックスやクリーバーがあることが判明している。<BR>(3)中国では本格的に石刃技法と細石刃技術が始まるまでの3~26万年前頃を中期旧石器時代と考えた方がよい。その開始時期は中期更新世後葉にあたる。その文化的特徴として,丁村遺跡などでは後期アシュール文化の石器の組み合わせの,盤県大洞遺跡ではルバロワ技法の,水洞溝遺跡ではルバロワ技法と初期オーリニャック文化の石刃技法の影響が認められる。このように中期旧石器時代にもユーラシア東西間の人類の移住と文化交流があったのである。