- 著者
-
黒木 忍
- 出版者
- 東京大学
- 雑誌
- 特別研究員奨励費
- 巻号頁・発行日
- 2008
本研究は,触覚ディスプレイを用いて自然な手触り感の伝達・共有を行うための基盤を確立することを目的としている.リアリティのある自然な触刺激を複数種類提示できるような触覚ディスプレイの設計は,提示情報の量が爆発的に増えてしまうという問題を抱えており,未だ実現されていない.触覚ディスプレイの設計においては,まず「ヒトが触覚的に外界をどのように認識しているのか」を部分的に解明し,情報量を絞って効率的な提示を行う必要性がある.我々の皮下に存在する複数種の受容器は,各々が異なる時空間精度で皮膚変形の符号化を行っているため,末梢における符号化の違いが中枢における情報処理の違いにも結びつくと考えられる.そこで本研究では,ヒト指先において高い空間分解能を持つMeissner小体(RA系)と高い時間分解能を持つPacini小体(PC系)の2つの系に着目し,低周波振動するピンでRA系を,高周波振動する円柱でPC系を選択的に活動させることで情報処理過程の分離を行い,入力信号の時空間的な解釈について心理物理実験を用いて調べた.片手の人差し指と中指に対し2つ振動を加えて実験を行った結果,低周波振動を用いた場合と高周波振動を用いた場合ではその他の条件を揃えても2振動の関連付けられ方が異なること,特に高周波振動では振動の加えられた時間や位置の知覚が不明瞭になることが明らかになった.この結果は,末梢における受容器密度の違いだけからは説明することができない.高周波振動は,小型の振動子で提示が可能であること,また小さな振幅で知覚を引き起こすことが可能であることから,携帯電話やゲーム機など,従来の触情報提示デバイスでは広く用いられてきている.しかし今回の結果は,高周波振動では空間的な2点が1点に縮退するのみならず,時間的な2点も1点に縮退することを示唆しており,歩行支援や方向指示などへの高周波振動の利用には一定の注意が必要となることを示している.