著者
堀江 祐範 Supatjaree RUENGSOMWONG Bhusita WANNISSORN
出版者
Japan Society for Food Engineering
雑誌
日本食品工学会誌 (ISSN:13457942)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.125-137, 2020-09-15 (Released:2020-09-29)
参考文献数
16
被引用文献数
2

後発酵茶は,茶葉を微生物(乳酸菌や真菌)により発酵させた茶で,日本やタイなどで伝統的に製造されている.このうち,日本では,四国山地および富山県において伝統的に製造されている.一方の生産地であるタイでは,後発酵茶はミャンとよぶ.ミャンはタイ北部で生産され,消費地も大部分は北部である.筆者は,2019年12月に,タイ王国北部のナーン県,ランパーン県およびチェンマイ県において,ミャン製造の現場を見る機会を得た(Fig. 2).ミャンは発酵期間によって2種類に区別される.発酵期間が数週間のものは,Miang-Faat(Astringent Miang)とよぶ.これに対して,数ヶ月の乳酸発酵を行うものは,Ming-Som(Sour Miang)とよぶ.また,製造方法の面からは,乳酸発酵のみで製造するタイプと,乳酸発酵の前に真菌による発酵を行うタイプがある.ミャンは製造工程には乳酸発酵を含み,茶葉を乳酸発酵させることで製造する.この乳酸発酵には,Lactobacillus属乳酸菌が関与している.ミャンはタイ北部の広い地域で製造されており,各地域のミャンは基本的な発酵様式は類似するものの,相違点も多い.日本の後発酵茶が発酵後の茶葉を天日乾燥し,熱湯で淹れた「茶」を飲用するのに対し,ミャンは発酵後の茶葉をそのまま食する.日本の発酵茶では,原料となるチャは中国変種(Camellia sinensis var. sinensis)を用いる.これに対して,ミャンの原料として用いられるチャは,アッサム変種(Camellia sinensis var. assamica)である.初夏に硬化した葉を用いる日本の後発酵茶とは対照的に,ミャンには柔らかい若葉のみを用いる.また,日本の後発酵茶の製造時期は製造に適した茶葉を収穫することができる7月~8月に限られるが,ミャンの製造は年間を通して行われる.チャの若葉を素手あるいは指につけたフィンガーナイフを用いて刈り取る.このとき,茶葉をどのようにとるかは,生産者により異なる.筆者が見た中では,茶葉の3分の2程度をちぎるものが多かった.一方で,全葉をとって使用する生産者もおり,長年続けられてきた生産者ごとの習慣に基づく.ミャンの製造工程の概要をFig. 3に示す.刈り取られた葉は,竹のバンドである程度の大きさの束にまとめるか,網でできた袋に入れて,水を入れた鍋が設置されたかまどで蒸される.木で出来た桶に茶葉を詰めて蒸されるが,この樽は底に穴が空いており,竹を網状に編んで葉が抜け落ちないようにしてある.蒸す行程は茶葉を柔らかくし,酵素を失活させる.蒸し時間は,約1~2時間程度である.蒸した後の茶葉を冷ましたのち,新たに竹のバンドで茶葉をまとめ,隙間なく樽や竹かご,バケツに詰めてゆく.このとき,樽やかごの中にはプラスチックバックを入れておき,この中に茶葉の束を詰め,空気を抜いた後,口を堅く閉めることで,乳酸菌の生育に適した嫌気条件を作る.そのまま,樽を数週間から数ヶ月室温で置き,乳酸発酵させると完成である.ナーン県のミャンは葉を蒸したのち,乳酸発酵の前に真菌による発酵を行う2段階発酵によってつくられる.ナーン県では,乳酸発酵に際し,塩を添加した水に浸漬する.ランパーン県では,乳酸発酵の際に,茶葉を水に浸漬するが,塩は添加しない.チェンマイ県では,乳酸発酵に際しては,水を添加せずに発酵を行う.チェンマイ県のミャン工場では,よく管理された乳酸発酵によるミャンの製造が行われている.茶葉を蒸すための水は,フィルターと活性炭処理により浄化された脱イオン水を使用する.蒸す工程はボイラーを用い,茶葉を詰めた樽にホースで蒸気を送る.茶葉は冷却した後,ビニール袋を入れた樽で乳酸発酵される.発酵期間は2~3カ月から長いもので1年に及ぶ.発酵時に水は加えない.発酵後のミャンは,マスクと手袋を着用した職員により重さが量られ,竹のバンドで縛られる.別のパッキング工場で窒素ガスを封入し,パッキングされて製品となる.ミャンの製造方法の地域差は,発酵に関与する乳酸菌の選抜に影響し,風味の違いに直結すると考えられる.