著者
程 亮 Cheng Liang
出版者
神奈川大学日本常民文化研究所 非文字資料研究センター
雑誌
非文字資料研究 = The study of nonwritten cultural materials (ISSN:24325481)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.253-274, 2017-03-20

狐仙〈Huxian〉信仰は中国北方地域において極めて普遍的な民間信仰の一つである。中国人にとって、狐は古代から身近な動物であった。狐が霊力を持つ生き物と信じられ、やがては狐信仰、狐神信仰、狐仙信仰という伝承となって定着していくのである。現代中国の東北地方や華北地方などの農村部では、今でも狐仙祭祀の事例が報告されている。 筆者は2014 年から2016 年まで、これまで狐仙信仰調査の空白地帯である華中地方に入り、湖北省西北部の山村部において狐仙信仰の現地調査を行った。調査地では、狐仙が家に祀られる理由に邪症〈Xiezheng〉治療と富の増加があげられるが、「病気が治った」という理由で狐仙を祀り始める事例が多い。それは、現地では狐仙の憑依、祟りが邪症の原因と見なされているためである。村人たちは「病気」を「実病〈Shibing〉」と「邪症」に分けて対応する。邪症の原因に、鬼、祖先、神の祟りなどがあるが、狐仙の憑依、祟りがほとんどである。本発表では、湖北省西北部の山村部における邪症治療の実態を報告し、それと狐仙信仰の関係性を明らかにした。 当地における邪症の治療者として、馬子〈Mazi〉、法官〈Faguan〉、端公〈Duangong〉、陰陽仙〈Yinyangxian〉などの民間巫医がある。彼らは邪症の原因を狐仙などの超自然的存在と説明し、邪症の治療を行い、狐仙信仰の伝播者として存在する。 邪症の病者に女性が圧倒的に多い。村社会の女性たちは婚姻、生育、家庭安全などの面で男性より精神的ストレスを受けているため、時には元気も気力も弱くなり、時には熱が出て頭痛し、時には意識障害になる。彼女たちは上述した症状を邪症と認識し、巫医に治療を求める。邪症が治った際、病者は狐仙の信者となり、その信仰の伝播者として存在する。 狐仙信仰は邪症の説明体系として巫医たちによって維持され運用されていると考えられる。また、邪症治療という実践を通じて治療者・巫医と病者・村人の双方によって伝承されている。